フで、オランダ語はらくに話せます。私は船長に、船賃はいくらでも出すから、オランダまで乗せて行ってほしいと頼みました。船長は、私が医者の心得があるのを知ると、では途中、船医の仕事をしてくれるなら、船賃は半分でいゝと言いました。
船に乗る前には、踏絵の儀式をしなければならないのでしたが、役人たちは、私だけ見のがしてくれました。
さて、今度の航海では別に変ったことも起りませんでした。四月十日に船は無事アムステルダムに着きました。私はこゝから、さらに小さい船に乗って、イギリスに向いました。
一七一○年四月十六日、船はダウンズに入港しました。私は翌朝上陸して、久し振りに祖国の姿を見たわけです。それからすぐレドリックに向って出発し、その日の午後、家に着き、妻子たちの元気な顔を見ることができました。
[#改丁]
第四、馬の国(フウイヌム)
1 馬の主人
私は家に戻ると五ヵ月間は、妻や子供たちと一しょに楽しく暮していました。が、再び航海に出ることになりました。今度は私に『アドベンチュア号』の船長になってくれというので、すぐ私は承知しました。
一七一〇年九月七日に私の船はプリマスを出帆しました。ところが、熱い海を渡ってゆくうちに、船員たちが熱病にかゝってたくさん死んでしまいました。そこで、私はある島へ寄って、新しく代りの船員をやとい入れました。ところが、今度やとい入れた船員たちは、みんな海賊だったのです。この悪漢どもは、ほかの船員たちを引き入れ、みんなして船を横取りして、船長の私をとじこめてしまおうと、こっそり計画していたのです。
ある朝のことでした。いきなり彼等は、なだれをうって、私の船室に飛び込んで来ると、私の手足をしばりあげて、騒ぐと海へほうりこむぞ、と脅しつけます。私は、もうこうなっては、お前たちの言うとおりになる、と降参しました。
そこで、彼等は私の手足の綱を解いてくれました。それでも、まだ片足だけは鎖でベッドにしばりつけて、しかも、戸口には弾丸をこめた鉄砲を持って、ちゃんと番兵が立っていました。食物だけは上から持って来てくれましたが、もう私は船長ではなく、今ではこの船は海賊のものでした。船はどこをどう進んでいるのか、私にはまるでわかりませんでした。
一七一一年五月九日、一人の男が私の船室へやって来て、船長の命令により、お前を上陸させる、と言って私をつれ出しました。それから彼等はむりやりに私をボートに乗せてしまいました。一リーグばかり漕いで行くと、私を浅瀬におろしました。
「一たいこゝはどこの国なのか、それだけは教えてください。」
と私は頼みました。しかし、彼等もそこがどこなのか全然知らないのでした。
「満潮にさらわれるといけないから早く行け。」
と言いながら、彼等はボートを漕いで行きました。
こうして、私はたった一人で取り残されました。仕方なしに、歩いて行くと、間もなく陸に着きました。そこで、しばらく堤に腰をおろして休みながら、どうしたらいゝものか考えました。少し元気を取り戻したので、また奥の方へ歩きだしました。私は誰か蛮人にでも出会ったら、さっそく、腕環《うでわ》やガラス環などをやって、生命だけは助けてもらおうと思っていました。
あたりを見わたすと、並木がいくすじもあって、草がぼう/\と生え、ところ/″\にからす[#「からす」に傍点]麦の畑があります。私はもしか蛮人に不意打ちに毒矢でも射かけられたら大へんだと思ったので、あたりに充分眼をくばりながら歩きました。やがて、道らしいところに出てみると、人の足跡や牛の足跡や、それからたくさんの馬の足跡がついていました。
ふと、私は畑の中に、何か五六匹の動物がいるのを見つけました。気がつくと、木の上にも一二匹いるのです。それはなんともいえない、いやらしい恰好なので、私はちょっと驚きました。そこで、私は叢《くさむら》の方へ身をかゞめて、しばらく様子をうかゞっていました。
そのうちに、彼等の二三匹が近くへやって来たので、私ははっきり、その姿を見ることができました。この猿のような動物は、頭と胸に濃い毛がモジャ/\生えています。背中から足の方も毛が生えていますが、そのほかは毛がないので、黄褐色の肌がむき出しになっています。それに、この動物は尻尾を持っていません。それから、前足にも後足にも、長い丈夫な爪が生えていて、爪の先は鈎形《かぎがた》に尖っています。彼等は高い木にも、まるでりす[#「りす」に傍点]のように身軽によじのぼります。それからとき/″\、軽く跳んだり、はねたりします。
私もずいぶん旅行はしましたが、まだ、これほど不快な、いやらしい動物は、見たことがありません。見ていると、なんだか胸がムカ/\してきました。
私は叢から立ち上っ
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