ナ、そんなものがあるとは考えられないと言っていました。私は、バルニバービや日本の人たちと、いろ/\話し合ってみて、長生ということが、すべての人間の願いであることを発見しました。片足を墓穴に突っ込んだような人間でさえ、もう一方の足ではできるだけ入るまいとあがきます。たとえ、どんなに年をとっていても、まだ一日でも長生するつもりらしいのです。
ところが、このラグナグの国では、絶えず眼の前にストラルドブラグの例を見せつけられているためか、この国の人たちは、やたらに長生を望まないのです。
あなたは人間の若さとか健康とか元気とかいうものが、いつまでもいつまでもつゞくと、とんでもない考え違いをしていられますが、ストラルドブラグのつらいところは、年をとって衰えながら、いろんな不便を耐えて、まだ生きつゞけているということなのです。」
そう言って、彼はこの国のストラルドブラグの有様を次のようにくわしく話してくれました。
彼等は三十歳頃までは普通の人間と同じことなのですが、それからあとは次第に元気が衰えてゆく一方で、そうして八十歳になります。この国では八十歳が普通、寿命の終りとされていますが、この八十歳になると、彼等は老人の愚痴と弱点をすっかり身につけてしまいます。おまけに決して死なゝいという見込みから、まだ/\たくさんの欠点がふえてきます。頑固、欲張り、気むずかし屋、自惚れ、おしゃべりになるばかりでなく、友人と親しむこともできなければ、自然の愛情というようなものにも感じなくなります。
たゞ嫉妬と無理な欲望ばかりが強くなります。彼等は青年が愉快そうにしているのを見ては、嫉妬します。それは彼等が、もうあんなに愉快にはなれないからです。それから彼等は、老人が死んで葬式が出るのを見ると、やはり嫉妬します。ほかの人たちは安らかに休息の港に入るのに、自分たちは死ねないからです。
彼等は自分たちが若かった頃に見たことのほかは、何一つおぼえていません。しかも、そのおぼえているということも、ひどくでたらめなのです。だから、ほんとのことをくわしく知ろうとするには、彼等に聞くより、世間の言い伝えに従う方が、まだましなのです。すっかり記憶がなくなってしまっているのは、まだいゝ方です。これはほかの連中とは違って、もう多くの欠点もなくなっているので、多少、人から憐んでもらえます。
彼等は満八十歳になると、この国の法律ではもう死んだものと同じように扱われ、財産はすぐ子供が相続することになっています。そして国から、ごく僅かの手当が出され、困る者は国の費用で養われることになっています。
九十歳になると、歯と髪の毛が抜けてしまいます。この年になると、もう何を食べても、味なんかわからないのですが、そのくせ、たゞ手あたり次第に、食べたくもないのに食べます。しかし彼等はやはり病気にはかゝるのです。かゝる病気の方は、ふえもしなければ減ることもありません。話一つしても、普通使うありふれた物の名まで忘れています。人の名前などおぼえてはいません。どんな親しい友達や親類の人と会っても顔がわからないのです。本を読んでも、ぼんやり一つページを眺めています。文章のはじめから終りまで読んで意味をたどる力がなくなっているのです。ですから、何もかも一向面白くはないのです。
それに、この国の言葉は絶えず変っています。だから甲の時代のストラルドブラグと、乙の時代のストラルドブラグが出会ったのでは、少しも言葉が通じません。そのうえ、二百年もたてば、友人と会っても話一つできない有様ですから、彼等は自分の国に住みながら、まるで外国人のように不便な生活をしているのです。
私が紳士から聞いた話は、大たい、こんなふうなものでした。
その後、私はいろ/\の時代のストラルドブラグをたび/\、家につれて来て会ってみました。中で一番若いのは、まだ二百歳になったかならないくらいでした。彼等は、私が大旅行家で、世界中を見てきた人間だと聞いても、別に珍しがりもせず、何の質問もしません。たゞ、何か記念品をくれと手を差し出しました。
ストラルドブラグは、みんなから厭がられています。もしストラルドブラグがこの国に生れて来ると、これは不吉なことゝして、その誕生がくわしく書き残されることになっています。だから、その記録を見れば、彼等の年齢はわかるわけですが、しかしこの記録も千年くらい前のものしか残っていません。
実際、ストラルドブラグほど不快なものを私は見たことがないのです。ことに女の方が男よりもっとひどいのでした。形がみにくいばかりでなく、その年齢に比例して、なんともいえないもの凄さがあるのです。私は彼等が六人ばかり集っているのを見て、年は百か二百ぐらいしか違わないのに、誰が一番、年上か、すぐわかりました。
私はストラ
前へ
次へ
全63ページ中47ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング