鰍ンました。
「もう大丈夫だ。箱は本船にくゝりつけたし、今すぐ大工が屋根に穴をあけて出してやるから。」
 と外では言っています。
「そんなことしなくてもいゝのですよ。それより早く誰かチョイとこの箱を指でつまみあげて、船長室へ持って行ってください。」
 私がこう答えると、船員たちは私を気狂だと思ったらしく、大笑いしていました。大工がやって来て、箱に穴をあけ、そこから私は救い出され、本船に移されました。
 船員たちはみな驚いて、いろんなことを尋ねますが、私はもう答える気もしないのでした。こんな大勢の小人を見て、私の方も驚いてしまったのです。なにしろ長い間、あの大きな人間ばかり見つけてきたので、船長たちが小人のように思えるのです。私が今にも気絶しそうな顔をしているので、船長は気つけ薬を飲ませてくれました。それから船長室に私をつれて行き、「まあ一寝入りしなさるんですね。」と言ってくれました。
 私は数時間眠って、すっかり元気を取り戻しました。起きたのは夜の八時頃でした。船長は、私が長い間食事をしていないだろうと思って、すぐ晩食を言いつけてくれました。私がもう気狂じみた目つきをしたり、変なことをしゃべらなくなったのを見ると、彼は大へん親切にしてくれました。一たいどこへ行ったのか、またどうしてあんな大きな箱に入れられて流されたのか、ひとつ話してくれと言います。
 船長の話では、正午頃、望遠鏡をのぞいていると、あの箱が眼にうつったので、最初は船だと思ったそうです。それからボートを出して近づいてみると、家が泳いでいるというので、みんなびっくりしました。本船の方へ引っ張り上げようとしていると、ちょうどそのときハンカチのついた棒を穴から突き出す者があるので、これはきっと誰か不幸な人間がとじこめられているにちがいない、と思ったのだそうです。
「それでは一番はじめ私を見つけた頃、何か大きな鳥でも空を飛んでいるのを見かけなかったでしょうか。」
 と私は尋ねてみました。
「あ、あのとき、鷲が三羽北を指して飛んでいました。でも別に普通の鷲と変ったところはなかったようです。」
 と一人の船長が答えました。
 だが、それは非常に高く飛んでいたので、小さく見えたのでしょう。どうも私の尋ねたり言ったりすることは、みなに合点がゆかないようでした。私はイギリスを出発したときから、今までのことを、ありのまゝ話して聞かせました。それから、あの国で集めた珍しい品を見せてやりました。王の髯で作った櫛や、王妃の親指の爪を台にして作った櫛や、一フートもある縫針や、地蜂の針や、王妃の金の指輪や、そのほか、いろ/\のものを取り出して見せてやりました。
 この船はトンキンに行って、いまイギリスへ帰る途中なのでした。航海は無事にすゝみ、一七〇六年六月三日に故国の港に戻りました。そこで、私は船長に別れを告げると、家の方へ向いました。
 途々、小さな家や、木や、家畜や、人間などを見ると、なにかリリパットへでも来たような気がします。行き会う人ごとに、なんだか踏みつけそうな気がして、私は、
「退け! 退け。」
 とどなりつけました。
 私の家へ帰ってみると、召使の一人が戸を開けてくれましたが、私はなんだか頭をぶつけそうな気がして、身体をかゞめて入りました。妻が飛んでやって来ましたが、私は彼女の膝より低くかゞんでしまいました。娘もそばへやって来ましたが、なにしろ長い間、大きなものばかり見なれた眼には、ヒョイと片手で娘をつかんで持ち上げたいような気がしました。召使や友人たちも、みんな私には小人のように思えるのでした。こういう有様ですから、はじめ人々は、私を気が違ったものと思いました。しかし間もなく、私もこゝに馴れて、家族とも友人とも、お互にわかり合うことができました。
[#改丁]




  第三、飛島(ラピュタ)




     1 変てこな人たち

 私が家に戻ると間もなく、ある日、『ホープウェル号』の船長が訪ねて来ました。それからたび/\彼はやって来るようになりましたが、いろ/\話し合っているうちに、私はまた、船に乗ってみたくなったのです。これまで私はずいぶん苦しい目にも会いましたが、それでも、まだ海へ出て外国を見たいという気持が強かったのです。
 そこで、私は一七〇六年八月五日に出帆し、翌年の四月十一日にフォート・セン・ジョージ(インドの港)に着きました。それから、トンキンに行ったのですが、こゝで、私は船長と別れて、別の船に乗り、十四人の船員をつれて出帆しました。
 出帆して三日もたゝないうちに、暴風雨に会い、船は北へ東へと、流されていました。その後、天気がよくなったかと思うと、私たちの船は二隻の海賊船に見つかり、たちまち追いつかれてしまいました。
 海賊どもは、両方の船から、一せいに乗り
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