bチが、いろ/\意見を言ったのですが、指物師はとても器用な職人でしたから、三週間もすると、私の指図したとおりに、縦横十六フィート、高さ十二フィート、それに、窓と戸口と二つの小部屋のある、木造の室を作り上げました。それはまるで、ロンドンの寝室そっくりでした。
 この寝室の天井の板は、二つの蝶番《ちょうつがい》で、開けたてできるようになっています。家具師が持って来た寝台を、その天井のところから入れました。寝台は毎日、グラムダルクリッチが取り出して日にあて、ちゃんと自分でとゝのえては、晩になると中に入れ、天井に錠をおろすのでした。
 それから、小さい骨董品などをこしらえるので有名な一人の職人が、象牙みたいなもので、凭《よ》っかかりのついた椅子を二つ、引出つきのテーブルを二つ、作ってくれました。部屋は壁も床も天井も、蒲団が張りつめてありました。この寝室を提げて持ち歩くとき、中にいる私が怪我をするといけないし、また、馬車に乗せるときに、揺れるのを防ぐために、こうしてあるのです。
 私は、鼠などの入って来ないように、扉に鍵をつけてほしいと言いました。鍛冶屋は、いろ/\工夫してみたうえで、これまでに類のないほど、小さな鍵を作ってくれました。イギリスにだって、紳士の家の門などには、もっと大きなのがあるはずです。私はこの鍵は自分のポケットにしまっておくことにしました。あんまり小さいので、グラムダルクリッチに持たせては、失くするかもしれないと思ったからです。
 王妃は一番薄い絹地で、私の洋服を作らせてくださいました。が、これはイギリスの毛布ぐらいの厚さで、馴れるまでにはずいぶん着心地の悪い服でした。仕立はすっかりこの国の型でしたが、ペルシャ服のようなところもあれば、支那服にも似ていて、非常にきちんとしていて重々しいものでした。
 王妃は私がすっかりお気に入りで、私がいないと食事も召し上らないほどになりました。私は王妃の食卓の上に、ちょうどその左肱《ひだりひじ》のあたりに、私のテーブルと椅子を置いてもらうのでした。グラムダルクリッチは、私のテーブルの近くの、床の上の腰掛の上に立って、私の面倒をみてくれるのです。
 私のためには、銀の皿が一揃い、そのほかいろんな品がありましたが、これも大きさは、王妃御自身のものにくらべると、ちょうど玩具屋にある人形のお家の食器類のようなものでした。私の食器はちゃんと銀の箱に入れて、乳母さんがポケットにしまっていて、食事のときになって、欲しいというと、必ず自分で綺麗に拭いて、それから、私に渡してくれます。王妃と一しょに食事をするのは二人の王女だけで、姉の方は十六歳、妹は十三歳と一ヵ月でした。
 王妃が肉を切って、私の皿に入れてくださると、私は自分でさらに、それを小さく切って食べます。この、まゝごとのような、私の食べ方が、王妃にはとても面白かったのでしょう。というのは、王妃は、(少食の方でしたが)なにしろ、イギリスの百姓が十二人も食べられるほどのものを、一口に召し上るのです。実際この有様には、私もとき/″\、やりきれない気持がしました。
 王妃は、雲雀の翼を、骨ごとポリ/\噛み砕いてしまわれますが、その翼の大きさは、七面鳥の翼の九倍からあるのです。それに、パンの一口分も、驚くほど大きなものです。
 王妃は黄金の盃で、大樽一箇分以上の飲物を、一息にお飲みになります。それから、王妃のナイフの大きさは、大鎌の二倍もあります。スプーンもフォークも、それ/″\みな実に大きなものです。私はいつかグラムダルクリッチが、面白半分に宮廷の食卓につれて行ってくれたのを、おぼえていますが、こういう巨大な、ナイフやフォークが、十あまりも並んだ有様、こんな恐ろしい光景は、全く見たことがないと思いました。
 この国では毎週、水曜日がお休みの日なので、この日には、両陛下はじめ、王子王女殿下も、国王陛下のお部屋で一しょに食事をされることになっています。私は今では国王陛下にも、すっかりお気に入りになっていたので、この会食のときには、いつも私の椅子と食卓が、陛下の左手の塩壷の前に置かれました。
 陛下は、私と話をするのがお好きで、ヨーロッパの風俗、宗教、法律、政治、学問などについていろ/\、お質問になります。私もできるだけ、よくお答え申し上げるのでした。陛下は頭のいゝ方ですから、私の申し上げることが、すぐおわかりです。そして、なか/\賢いことをおっしゃいます。
 けれども、一度こんなことがありました。私がイギリスのことや、貿易のことや、戦争や、政党のことを、あまり、いゝ気になってしゃべりましたところ、陛下は、右手に私をつまみ上げて、左の手で静かに私をなでながら、大笑いされました。それから、陛下の後に大きな白い杖を持って控えている首相をかえりみて、こう言われ
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