ェ、見えない針に、見えない糸を通しているのです。この国で一番高い木は七フィートぐらいで、その木は国立公園の中にありますが、私が握りこぶしを固めても、すぐ、てっぺんにとゞきます。
 ところで、この国では、学問も古くから非常に発達していますが、たゞ、文字の書き方が、実に風変りなのです。ヨーロッパ人のように、左から右へ書くのでもなく、アラビア人のように、右から左へ書くのでもなく、中国人のように、上から下へ書くのでもなく、かといって、下から上へ書くのでもありません。リリパット人は、紙の隅から隅へ、斜めに字を書いてゆくのです。
 リリパットでは、人が死ぬと、頭の方を下にして、逆さまに土に埋めます。死人は、一万一千月たつと生き返る、そのとき、世界はひっくりかえっているから、逆さまにしておけば、ちゃんと立てる、と彼等は考えているのです。もっとも、そんな馬鹿なことはないと、学者たちは笑っています。
 この国では、盗みよりも詐欺《さぎ》の方が悪いことになっています。詐欺をすれば死刑です。盗みは、こちらが馬鹿でなく用心さえしていれば、まず、物を盗まれるということはありません。ところが、こちらが正直のために、不正直なものに、騙《だま》されるのは、これはどうも防ぎようがない、だから、詐欺が一番いけないのだ、と、リリパットの人たちは考えています。それから、忘恩も死刑にされます。恩に仇をもってむくいるというようなことをする人は、生きる資格がないとされています。
 人を官職にえらぶ場合、この国では、才能より徳義の方を重く見ます。政治というものは、誰にも必要なのだから、普通の才能があればいゝとされています。けれども、徳義のない人は、いくら才能があっても、危険だから、そんな人に政治はまかせられないというのです。
 私はこのリリパット国に九ヵ月と十三日間滞在していたのですが、こゝで、ひとつ私がその間どんなふうにして暮したか、それをお話ししてみましょう。
 私は生れつき、手先は器用でしたが、どうしてもテーブルが一つ欲しかったので、帝室庭園の一番大きな木を何本か切って、手頃なテーブルと椅子をこしらえました。
 それから、二百人の女裁縫師が、私のために、シャツとシーツとテーブル掛を作ってくれました。それにはできるだけ丈夫な布を使ってくれたのですが、それでも、一番厚いのが紗よりまだ薄いのです。だから、何枚も重
前へ 次へ
全125ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング