たとい、他人がどのように立派なものを書こうと、それが、作家であるお前にとってどうしたというのだ。他人の作品にばかり見とれてお前の書くものはどうなのか。お前はパスカルの葦ではなかったのか。極地に身を置き、山嶺に魂を晒し、さゝやかな結晶を遂げようとする作家の祈願は忘れたのか』と、こういう風な声はいつも私のなかで唸りつゞけています。できれば私も十年前のようにひとり静かな田舎で、好きなものだけを読んだり書いたりして暮していたいのです。だが、現在の私にはそれはとても不可能なことです。現に身を休める部屋さえ得られず、雑沓のなかで文学のことを考えていると、これも吹き晒しの極地にいるおもいです。
いつかお逢した際、来年は『近代文学』で十九世紀小説の再検討から二十世紀風の小説の提唱をするということを伺いましたが、それをたのしみにしています御元気でいて下さい。来年は是非『停まれる時の合い間に』を書いて下さい。
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一九四七年十二月八日
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[#地から1字上げ]原民喜
底本:「日本の原爆文学1」ほるぷ出版
1983(昭和58)年8月1日初版第一刷発行
初出:「月刊中国」
1948年(昭和23)2月号
入力:ジェラスガイ
校正:門田裕志
2002年7月20日作成
青空文庫作成ファイル:
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