と云ひましたの。貴方は又皮肉やがとお笑ひになるでせう。私はまたをかしい事を云ひましたの。だつて実際滑稽な質問でせう?
「同棲したら子供が出来ると云ふ事を知らなかつたか」
 と云んですもの。
「知つてゐました」
 と云つたら
「親となる資格がなければ何ぜ同棲した」
 貴方は怎んな気がして? 私はほんとにをかしかつたんですよ。人間の微妙な本能や感じ迄も数学的に割り出せと云つたつて其法官に出来ても私にや出来ないんですもの。そりや自分の責任の持ち切れない事を不用意として了つたと云ふ事はほんとうに私達の落度だつたし、思慮の足りない事だつたのですけど、だからさうなつて了つた私として一番いゝ方法を取つたのぢやありませんか。自分の思慮が足りなかつたと云つて成行きに任せて置いて一層思慮の足りない結果に落す事が恐ろしいからそれを避けたのぢやありませんか。
 私は法官の問ひが余りをかしかつたので遂大きな声で笑ひましたの。そして
「それを若し御存知なくてお聞きになりたいとなら私より造物主の方が知つてゐます」
 と云つて了ひましたの。私は今考へてもをかしくて仕方がありません。恁※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]返事をする被告が何処にあるでせう。貴方にもをかしいでせう。あつけに取られた様な法官の顔を見たら急に気の毒になりましたの。此処は命がけの真面目許りの外《ほか》這入られない席だのにと思ひましたら私ももう笑へなくなりました。それから真面目な問答が続いたんですの。私が腕一本と胎児と同じだと云つた事が許すまじき危険思想に響いて居るんですねえ。私は成るべくなら判つて貰ひたいと思つて随分云ひました。
「何故胎児が附属物だ」
 と云ふのに答へて私は
「腕は切り離しても単独に何の用も些《すこ》しの生命も持ちませんが胎児は生命を持ち得ると云ふ相違丈けはあります」
 と一寸語を切ると大急ぎで此処を逃かしてはと様に切込んで来様としますから私も直《ぢき》語を続けましたの。
「後に生命を持ち得るからこそ恁《か》うしなければならなかつたのです。何時迄経つても生命も人格も持たないものなら其儘にして置いても何の責任感も起らないのですが、私の体を離れると同時にもう他の主宰から離れた一箇の尊い人命人格を持ち得るのですから。然もそれ等を支配する能力――奥深く潜んだ其箇人独特の能力――丈けを親が引出し育てて遣らなければならない責任があるのですから。然も必ず過まる事なしに引出し育てなければならないのですから非常な責任を感じないわけには参りませんのです。間違つたら遣り直せばいゝと云ふ事は自分の外用ひられない言葉ですもの」
 斯う云つて私は決して軽卒や自分勝手でない事も説きましたの。私は貴方とも口を聞かずに幾日も幾日も考へて居ましたでせう。それを皆話しましたの。
「兎に角自分が不用意の為に斯うなつたのだから、姙娠して了つたのだから、私の出来る丈けの努力を生れる子に尽さう。それで足りない処は仕外のない事だから我慢して貰ふ。兎に角私は私の出来る丈けの力を産れる児に向ければいゝのだ」
 私が姙娠を知つた始めに斯う思つた事も話しましたの。すると法官はそれが正しいと云はぬ許りに幾度も幾度も合黙《うなづ》きました。けれど私が又話を進めなかつた時はもう其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]気色は見えませんでした。

     三

 私は斯う云ひましたの。
「始めはさう決心したのですけど、もう一歩考を進めた時、それは私には都合がいゝが産れて来るものには何にも関係のない事だと気が付きました。親は始めから自分の継承者を世に出すなんて事は少しも意識しないうちに子供を産みます。少くも私はさうでした。そして勿論子供から産んで呉れと頼まれた事もありません。そんな無意識のうちに不用意のうちに、尊い一箇の生命を無から有に提供すると云ふ事は、然も其責任をまだ当然持ち得ないと自覚して居たとしたら、此れ程世の中に恐ろしい事があるでせうか。これが生命を単独に形造つて胎外に出て了つてからならば、務めても出来ない不満は涙を呑んでも我慢しなければならないでせうが、まだ其処まで単独のものでなく母胎の命の中の一物であるうちに母が胎児の幸福と信ずる信念通りにこれを左右する事は母の権内にあつていゝ事と思ひます。母が死ねば当然胎児も死ぬ運命ですし、猶母の命を助ける為に胎児を殺す事は公に許されてる事の様に承知して居ました。私は母の為に児を捨てたのではなく、児の為に児を捨てたのでした。自分一己の事なら間違つたら遣り直す事も出来ます。粉砕され様と干死なりとそれは自分の事ですが、縦《たと》へ子供でも一度び胎外へ出てはもう親とは別の箇体です。然も或時期までの全責任は産ん
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