商売をしているひとか知らないけれど、わたしは、そのひとが、とてもきざなのできらいだ。青いハンカチで顔を拭く癖だの、いつも赤い小さい櫛で髪の毛をなでつけているのはむしずが走る。田舎では考えた事もない、妙な男がホールにはよく現われる。何をして暮しているのかさつぱり判らない。友達も、みんなそれぞれ、好きなひとや恋人があるのだけれど、はたから見ていると、あんな男をと思うようなのを、女達は大真面目に愛している。そして、別れてはまた別のひとに逢い、また別れては別のひとにめぐりあうと云うようなはかない日が過ぎてゆく。昼間は、まるで艶気のない、陽蔭の草のようなわたしたちも、夜になると、やつと息を吹きかえして来る。楽屋では、お菓子のようにホルモン剤をのんでいる女もいる。わたしたちの風呂敷包みには、汚れたシュミイズに、手製のパン、縫いかけのブラウス、読みかけの汚れた小説本か雑誌しかはいつていない。ハンドバックのなかには、まとまつた金を持つているものはほとんどない。初荷の馬たちはみんな貧乏だ。
 このごろ、時々、田舎へかえりたいと思う事があるけれど、それも、たゞそう思つてみるきりで、泣きたいほど故郷へ戻りた
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