で、一度田舎へ取りに行こうかしらと、小山に相談すると、小山は田舎へ行つてはいけないと云つて、何処からか、わたしに似合う洋服や外套を持つて来てくれた。わたしは、勝手に街へ出て、美容院でパアマネントをかけた。小山はわたしに、お前ははいからな顔をしているから、まるで西洋人のようだと云つた。ダンサーになつたら流行るだろうと云つた。わたしはダンサーになつてみたいと思つた。新聞を買つて来ては、そんな広告を探してみて、小山に相談をすると、小山はきつと反対するだろうと思つたから、わたしは勝手に志願して行つてみた。そこは日本人相手のホールで、素人は二週間ほどけいこをして貰うことになつている。わたしは昼間そこへ通つた。そこで、楽士をしていると云う栗山に逢つた。栗山はまだ若くて、復員して来たばかりで、気持ちのきれいな男だつた。栗山と話していると何となくわたしは気持ちがよかつた。栗山は外食券でごはんを食べているので、たまには家庭の飯がたべたいと云うので、或日、わたしは浦和のアパートに栗山を連れてかえつた。小山が闇の米を買つてくれていたので、わたしはそれを焚いて、鰯を焼いたり、肉のみそ煮をしたりして栗山に食べさせた。田舎から出て来て、小山と生活をするに到つた話をすると、栗山は驚いたような表情で、「君はそんな無智な女なのかねえ、君をみていると、いかにも悧巧そうな、インテリジェンスが感じられるが、これは神様の皮肉だね。君は世の中を甘いと思つているだろうが、危険な生活だね」と云つた。だけど、こんな世の中になつて、何カ月かを東京で暮してみると、みんな、わたしと似たりよつたりの女が多いのだ。栗山を駅まで送つて行くと、駅でわたしは大きい風呂敷包みをかついだ小山に逢つた。栗山はさつさと行つてしまつた。わたしはアパートにかえつてさんざん小山に叱られた上、髪の毛を握つて、打つ蹴るのひどい仕打ちをうけた。そんな事をされると、わたしは急に小山が厭になつて来て、ぞつとするような肌寒い気持ちになつた。わたしは出て行くつもりで、外套を引つかけると、小山はいそいでわたしを押したおして、腹を二三度蹴つた。わたしは背中が割れるような痛さを感じた。寝床へ引ずり込まれると、小山はわたしのパアマネントの髪の毛をじやくじやくと鋏で切つて[#「切つて」は底本では「切つ」]しまつた。わたしは腹が痛いのでじつと眼をつぶつていた。――二三日は身動きも出来ない程躯がうずいた。鏡をみていると、わたしのまつ毛が人並はずれて長いのがうれしかつた。頬骨が少したかいけれど、唇は肉づきが厚くて紅を塗ると、何だか西洋人のように見えた。皓い大きい前歯と、人並はずれて大きい乳房、ほんの少し通つたホールの女達よりもわたしは何だか、自分の方がきれいなように思えた。ダンス教師は、わたしの足をみて、随分いゝ脚をしているとほめてくれた。志願した女達のなかでも、わたしは背が高い方だつた。わたしはあのホールの華かな景色が忘れられない。こんな汚いアパートにいて、年をとつた男と、きたない蒲団に、一つの枕で寝るのはつくづく厭だと思つた。栗山が、わたしの事を、神様が皮肉なつくりかたをした女だと云つたけれど、わたしは、こんな処にじつとしていられない気持ちだつた。わたしは何かこみいつた事を考えるとすぐ躯じゆうがむずがゆくなる。考える事は厭だ。二三日[#「二三日」は底本では「二二日」]して家を出てしまつた。いつも駅の前におでんの屋台へ店を出しているおばさんの家を知つていたので、わたしはそこへ行つた。おばさんは子供が二人いて、自動車の車庫の裏に住んでいる。何度もおでんを食べに行つて顔みしりだつたので、おばさんは心よく泊めてくれた。渡る世間に鬼はないと云うけれど、わたしはこゝからホールに通よつて行つた。栗山はそのころ、他のホールに変つていた。わたしはそのホールに逢いに行つた。栗山は、「君に、そんな事を求めるのは無理かもしれないけれど、僕は利己主義でけつぺきだから、一緒になるのは困る」と云つた。栗山と云う男は、只、夢みたいな事にばかりあこがれている。一緒になるのが厭だと云われると、わたしは、かえつて心のなかゞ勇みたつような気がした。わたしは二カ月位も栗山とは逢わない。そのくせ、栗山とは何でもなかつただけに始終こゝろにかゝつて思い出されて仕方がない。わたしは、ずつと小山には逢わなかつた。逢いたいとも思わない。わたしは二三度、違う男と田舎の宿屋に泊りに行つたけれど、このごろになつて、何だか、自分はもう悪い女になつているような気がされて時々、こゝろの中に寒々とした風が吹きこんで来るような気がする。おばさんも、このごろはすつかりわたしのかつこうが変つたと云つた。六畳二間きりのじめじめした家だけれど、わたしはこの家がすつかり気に入つた。子供は、十四になる娘と、十二
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