は身動きも出来ない程躯がうずいた。鏡をみていると、わたしのまつ毛が人並はずれて長いのがうれしかつた。頬骨が少したかいけれど、唇は肉づきが厚くて紅を塗ると、何だか西洋人のように見えた。皓い大きい前歯と、人並はずれて大きい乳房、ほんの少し通つたホールの女達よりもわたしは何だか、自分の方がきれいなように思えた。ダンス教師は、わたしの足をみて、随分いゝ脚をしているとほめてくれた。志願した女達のなかでも、わたしは背が高い方だつた。わたしはあのホールの華かな景色が忘れられない。こんな汚いアパートにいて、年をとつた男と、きたない蒲団に、一つの枕で寝るのはつくづく厭だと思つた。栗山が、わたしの事を、神様が皮肉なつくりかたをした女だと云つたけれど、わたしは、こんな処にじつとしていられない気持ちだつた。わたしは何かこみいつた事を考えるとすぐ躯じゆうがむずがゆくなる。考える事は厭だ。二三日[#「二三日」は底本では「二二日」]して家を出てしまつた。いつも駅の前におでんの屋台へ店を出しているおばさんの家を知つていたので、わたしはそこへ行つた。おばさんは子供が二人いて、自動車の車庫の裏に住んでいる。何度もおでんを食べに行つて顔みしりだつたので、おばさんは心よく泊めてくれた。渡る世間に鬼はないと云うけれど、わたしはこゝからホールに通よつて行つた。栗山はそのころ、他のホールに変つていた。わたしはそのホールに逢いに行つた。栗山は、「君に、そんな事を求めるのは無理かもしれないけれど、僕は利己主義でけつぺきだから、一緒になるのは困る」と云つた。栗山と云う男は、只、夢みたいな事にばかりあこがれている。一緒になるのが厭だと云われると、わたしは、かえつて心のなかゞ勇みたつような気がした。わたしは二カ月位も栗山とは逢わない。そのくせ、栗山とは何でもなかつただけに始終こゝろにかゝつて思い出されて仕方がない。わたしは、ずつと小山には逢わなかつた。逢いたいとも思わない。わたしは二三度、違う男と田舎の宿屋に泊りに行つたけれど、このごろになつて、何だか、自分はもう悪い女になつているような気がされて時々、こゝろの中に寒々とした風が吹きこんで来るような気がする。おばさんも、このごろはすつかりわたしのかつこうが変つたと云つた。六畳二間きりのじめじめした家だけれど、わたしはこの家がすつかり気に入つた。子供は、十四になる娘と、十二
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