界で、私は金色のまるい籠の中にいたのです。べっとりとしたすりえと、時々貰う肉や鷄のもつでそだてられたンですがね、いつも、籠のまわりを、とても大きいまるいものや、私に似たような生物がじいっとのぞいて私を見ているのですよ。私は不安で仕方がないので、いつも、とまり木の眞中にじいっとして暮していたンです。大きいまるい生物は人間の顏なのだそうで、この顏が私に餌をくれるのです。私に似た生物は猫と云う動物なンでね。おそろしくすばしこい奴で、人間がいなくなると、いつも、籠のそばへきてううと唸っているンです。私はこの籠の中に二年もいました。一週間目には、私はジョロで水浴をさせられる習慣なのですが、寒い日にはやりきれないと思いましたよ。しばらくして、私に餌をくれるお孃さんが亡くなってしまいました。お孃さんが亡くなってからは、餌も忘れられがちで、私は、死ぬのではないかと思うほどやせほそって、生きている氣力のない日がつづきました。夏になってから、私はとうとう思い切って、餌箱を入れる戸口から夜の戸外へ出てゆきました。始めは不安で、猫に出くわさないかと心配しました。板のつるつるした床を歩いているうちに、ふっと羽根を擴げてみました。何となく躯が宙に浮くのです。自分で自分の飛行術に自信がなかったのですが、急に私は夢中で飛びました。ぱたぱたとね。椅子の背中にとまってみたり、フエニックスと云う南國の植物だと云う[#「云う」は底本では「云ふ」]植木鉢に這いあがってみたり、歩いたり、飛んだりすると云う事は、狹い、小さい籠の中にいるよりはずっとましなのです。そして、とても冒險的で愉しくて仕方がありません。
人間はいつも、もうもうと煙を吸っているので、私は灰皿のなかをつついてみました。人間の吸う煙のかたまりはとても辛くてたべられないものです。私は開いている※[#「廻」の「回」の代わりに「囘」、第4水準2−12−11]轉窓から、そっと戸外へ出てみました。私は何とも云えないいい氣持でした。月と云うものを始めて見たのですが……茄子色の空に、まんまるく大きい光ったものを見て、私は何だろうと思ったものですよ。屋根々々は夜露で光っていますしね、庭の木もきらきら露に光っていて、とても美しい夜でした。
風と云う不思議な音を庭の木の上でききました。庭の木が、梢を鳴らしてさやさやとうごいていたし、蟲もないていたし、世の中は何
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