巡査氏が居た。もうかなりな年配なひとだが、道で子供たちがキャッチボールかなんぞしていると、自分も青年のようにその中へ這入っていって子供たちに人気を呼んでいた。何か名句を一ツ書いて戴けませんかと、戸籍《こせき》しらべの折、頼まれたのだが、そのままになって、その巡査氏も何時《いつ》からかもう変ってしまった。――越して来た頃、石《いし》の巻《まき》の女でおきみと云う非常に美しい女を女中に使っていた。二十一歳で本を読むことがきらいであったが、眼のキリっとした娘で、髪の毛が実に黒かった。二ヶ月位して里へ帰って行ったが、すぐ地震に見舞われて、生きているのか死んだのか、今だに見当がつかない。この女の姉は芸者をしていた。家に居る間じゅう、きだての優しい娘で帰って行ってからも折にふれては「おきみはどうしたかしら」と私たちの口に出て来た。
いまは十五歳になる信州から来た女中がいる。これも百姓の娘できだてのいい娘《こ》だ。国への音信に、「隣りが武藤大将様のお邸《やしき》で、お葬式はお祭よりもにぎやかでありました」とハガキに書き送っていた。
原稿用紙も、やっぱり中井の駅の近くの文房具屋でこの頃は千枚ずつと
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