の、赤松だのが見える。
 赤い襟の小女が、「お客樣です」と久江を案内してゆくと、大吉郎は肥えた躯をむつくりとゆすぶつた。
 久江は小柄な女で、茶と黒の大名縞のお召に、くすんだ茄子紺の縫紋の羽織を着てゐた。
「忙しいンだらう‥‥」
 昔からハンカチをつかつたことのない大吉郎は、きちんと折つた新しい手拭で額を拭きながら久江を見上げた。
「別に忙しくもないンですけど、このごろは人手もないもンで弱つてゐます‥‥」
 坐るなり久江は眼を外らした。
 大吉郎はもうだいぶ禿げあがつた酒燒けのした額で、子供のやうに眼をしばたゝいてゐた。結城の鐵無地の揃ひを着て、きどつたなり[#「なり」に傍点]をしてゐる。かうして差し向ひに坐つてみると、二人とも妙に白けてしまつて、何から話し出していゝのか、そのくせ、二人は氣忙はしさうに兩手を焦々ともてあましてゐる。

        三

「お酒は?」
「いや、晝酒はくれないンださうだ。おしきせで食べるンださうだよ」
 鷄皿や茶碗を運んで來た小女が笑つてゐる。
 小さい茶袱臺の横に白木のふち[#「ふち」に傍点]のついた七輪が來た。鍋に割下をついで鷄を入れるのは珍らしい
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