……。まだ気のきいた春の唄がある。
 いっそ、銀座あたりの美しい街で、こなごなに血へどを吐いて、××さんの自動車にでもしかれてやろうか。
 いとしいお母さん、今貴女は戸塚、藤沢あたり、三等車の隅っこで何を考えています、どの辺を通っています……。

 卅五円が続くといゝな。
 お濠には、帝劇の灯がキラキラしている。私は汽車の走って行く線路を空想した。何もかも何もかもじっとしている。天下タイヘイで御座候か――。
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   旅の古里

 六月×日
 海が見える。
 海が見える。
 五年振りに見る、旅の古里の海! 汽車が尾道の海へさしかゝると、煤けた小さい町の屋根が、提灯のように拡がって来る。
 赤い千光寺の塔が見える、山は若葉だ、海のむせた[#「むせた」に傍点]緑色の向うに、ドック[#「ドック」に傍点]の赤い船が、キリキリした帆柱を空に突きさしている。
 私は涙があふれた。

 借金だらけの私達親子三人が、東京行きの夜汽車に乗った時、町はずれに大きい火事があったが……。
「ねえ、お母さん! 私達の東京行きに、火が燃えるのは、きっといゝ事がありますよ。」しょぼしょぼ隠れるようにし
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