その辺の雑草を引き抜いてかぶせた。
「これで拾銭ですよ。」
帰えり道、娘は重そうに馬穴《ばけつ》を私の前に出してこう云った。
夜は生鰯の三バイ酢に、海草の煮つけに生玉子、娘はお信さんと云って、お天気のいゝ日は千葉から木更津にかけて、魚の干物の行商に歩くのだそうな。
店で茶をすゝりながら、老夫婦にお信さんと雑談していると、水色の蟹が敷居の上をガクガク這って行く。
生活に疲れ切った私は、石ころのように動かない此人達の生活を見ると、そゞろうらやましく、切なくなってしまう。
風が出たのか、ガクガクの雨戸が、難破船のようにキイコ、キイコゆれて、チェホフの小説にでもありそうな古風な浜辺の宿、十一月にはいると、もう足の裏が冷々とつめたい。
十一月×日
[#ここから2字下げ]
富士を見た
富士山を見た
赤い雪でも降らねば
富士をいゝ山だと賞めるに当らない。
あんな山なんかに負けてなるものか
汽車の窓から何度も思った徊想
尖った山の心は
私の破れた生活を脅かし
私の瞳を寒々と見降ろす。
富士を見た
富士山を見た
烏よ!
あの山の尾根から頂上へと飛び越えて行け!
真紅な口でカラアとひと
前へ
次へ
全228ページ中134ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング