掛ける?」
「うん。」
「じゃあ私も時事新聞の白木さんに会ってこよう、童話がいってるから。」
「もらえたら、熱いものしといて、あっちこっち行って見るから、私はおそくなるよ。」
始めて、隣りの六畳間の古着屋さん夫婦にもあいさつ[#「あいさつ」に傍点]をする。
鳶の頭をしていると云う、下のお上さんの旦那にも会う。
皆、歯ぎれがよくて下町人らしい。
「前は道路へ面していたんですよ、でも火事があって、こんなとこへ引っこんじゃって……前はお妾さん、露路のつきあたりは清元でこれは男の師匠でしてね、やかましいには、やかましゅうござんすがね……。」
私はおはぐろ[#「おはぐろ」に傍点]で歯をそめているお上さんを珍らしく見た。
「お妾さんか、道理で一寸見たけどいゝ女だったよ。」
「でも下の叔母さんが、あんたの事を、此近所には一寸居ない、いゝ娘ですってさ。」
二人は同じような銀杏返しをならべて雪の町へ出た。
雪はまるで、気の抜けた泡のように、目も鼻もおおい隠そうとする程、元気に降っていた。
「金もうけは辛いね。」
ドンドン降ってくれ、私が埋まる程、私はえこじ[#「えこじ」に傍点]に、傘をクルクルまわして歩いた。
どの窓にも灯のついている八重洲の通りは、紫や、紅のコートを着た、務めする女の人達が、やっぱり雪にさからって[#「さからって」に傍点]いる。
コートも着ない私の袖は、ぐっしょり濡れてしまって、みじめなヒキ蛙。
白木さんはお帰えりになった後か、そうれ見ろ!
これだから、やっぱりカフェーで働くと云うのに、時ちゃんは勉強しろと云う。広い受付けに、このみじめ[#「みじめ」に傍点]な女は、かすれた文字をつらねて、困っておりますから[#「困っておりますから」に傍点]とおきまりの置手紙を書いた。
だが時事のドアーは面白いな、クルリクルリ、水車、クルリと二度押すと、前へ逆もどり、郵便屋が笑っていた。
何と小さき人間達よ、ビルデングを見上げると、お前なんか一人生きてたって、死んだって同じじゃないかと云う。
だが、あのビルデングを売ったら、お米も間代も一生はらえて、古里に長い電報が打てるだろう。
ナリキン[#「ナリキン」に傍点]になるなんて、云ってやったら、邪けんな親類も、冷たい友人も、驚くだろう。
あさましや芙美子
消えてしまえ。
時ちゃんは、かじかんで[#
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