。
お母さんは雑色で氷屋をしていたが、お父つぁんが病気なので、二三日おきに時ちゃんのところへ裏口から金を取りに来た。
カーテンもない青い空を映した窓ガラスを見ていると、西洋支那御料理の赤い旗が、まるで私のように、ヘラヘラ風に膨らんでいる。
カフェーに務めるようになると、男に抱いていたイリュウジョンが夢のように消えて、皆一山いくらに品がさがってみえる。
別にもうあの男に稼いでやる必要もない故、久し振りに故里の汐っぱい風を浴びようかしら。あゝでも可哀想なあの人よ。
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それはどろどろの街路であった
こわれた自動車のように私はつっ立っている
今度こそ身売りをして金をこしらえ
皆を喜こばせてやろうと
今朝はるばると幾十日目で又東京へ帰えって来たのではないか
どこをさがしたって買ってくれる人もないし
俺は活動を見て五十銭のうな丼を食べたらもう死んでもいゝと云った
今朝の男の言葉を思い出して
私はサンサンと涙をこぼしました
男は下宿だし
私が居れば宿料がかさむし
私は豚のように臭みをかぎながら
カフェーからカフェーを歩きまわった
愛情とか肉親とか世間とか夫とか
脳のくさりかけた私には
縁遠いような気がします
叫ぶ勇気もない故
死にたいと思ってもその元気もない
私の裾にまつわってじゃれていた小猫のオテクさんはどうしたろう……
時計屋のかざり窓に私は女泥棒になった目つきをしてみようと思いました。
何とうわべ[#「うわべ」に傍点]ばかりの人間がウヨウヨしている事よ
肺病は馬の糞汁を呑むとなおるって
辛い辛い男に呑ませるのは
心中ってどんなものだろう
金だ金だ
金は天下のまわりものだって云うけど
私は働いても働いてもまわってこない
何とかキセキはあらわれないものか
何とかどうにか出来ないものか
私が働いている金はどこへ逃げて行くのか
そして結局は薄情者になり
ボロカス女になり
死ぬまでカフェーだの女中だの女工だのボロカス女になり
私は働き死にしなければならないのか!
病にひがんだ男は
お前は赤い豚だと云います
矢でも鉄砲でも飛んでこい
胸くその悪るい男や女の前に
芙美子さんの膓を見せてやりたい。
[#ここで字下げ終わり]
かつて、貴方があんまり私を邪慳にするので、私はこんな詩を雑誌にかいて貴方にむくいた事がある。
浮いた稼ぎなので
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