会の方へでもいらっして、仕事をなさっては……。」
 程よく埃のように外にほうり出されると、彼女が、眉をさかだてなぜあの様な者を上へ上げましたッ! と女中を叱っているであろう事を思い浮べて、ツバキをひっかけてやりたくなった。
 へエ! 何が慈善だよ、何が公共事業だよだ。

 夕方になると、朝から何も食べない二人は暗い部屋にうずくまって、当のない原稿を書いた。
「ねえ、洋食を食べない……。」
「ヘエ!」
「カレーライス、カツライス、それともビフテキ?」
「金があるのかい?」
「うん、だって背に腹はかえられないでしょう、だから晩に洋食を取れば、明日の朝まで金を取りにこないでしょう。」

 始めて肉の匂をかぎ、ジュンジュンした油をなめると、めまいがしそうに嬉しくなる。
 一口位いは残しておかなくちゃ変よ、腹が少し豊かになると、生きかえったように私達は思想に青い芽をふかす。
 全く鼠も出ない有様なんだから――。

 蜜柑箱の机に凭れて童話をかき始める。
 外は雨の音、玉川の方で、ポンポン絶え間なく鉄砲を打つ音がする。深夜だと云うのに、元気のいゝ事だ。
 だが、いつまでも、こんな虫みたいな生活が続くのかしら、うつむいて子供の無邪気な物語りを書いていると。つい目頭が熱くなる。

 イビツ[#「イビツ」に傍点]な男とニンシキフソク[#「ニンシキフソク」に傍点]の女では、一生たったとて、白いおまんまが食えそうもないね。
[#改ページ]

   女の吸殻

 七月×日
[#ここから2字下げ]
丘の上に松の木が一本
その松の木の下で
じっと空を見ていた私です

真蒼い空に老松の葉が
針のように光っていました
あゝ何と云う生きる事のむつかしさ
食べると云う事のむつかしさ

そこで私は
貧しい袂を胸にあわせて
古里に養われていた頃の
あのなつかしい童心で
コトコト松の幹を叩いてみました。
[#ここで字下げ終わり]

 この老松[#「老松」に傍点]の詩をふっと思い出すと、とても淋しくて、黒ずんだ緑の木立ちの間を、私は野良犬のように歩いた。
 久さし振りに、私の胸にエプロンもない。お白粉もうすい。
 日午傘[#「日午傘」はママ]くるくる廻わしながら、私は古里を思い出し、丘のあの松の木を思い浮べた。

 下宿にかえると、男の部屋には、大きな本箱がふえていた。
 女房をカフェーに働かして、自分はこん
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