人だ。
六月×日
久し振りに東京へ出る。
新潮社で加藤さんに会う。詩の稿料六円戴く。
いつも目をつぶって通る、神楽坂も今日は素的に楽しい街になって、店の一ツ一ツを覗いて通る。
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隣人とか
肉親とか
恋人とか
それが何であろう
生活の中の食うと云う事が満足でなかったら
画いた愛らしい花はしぼんでしまう
快活に働きたいものだと思っても
悪口雑言の中に
私はいじらしい程小さくしゃがんでいる
両手を高くさしあげてもみるが
こんなにも可愛いゝ女を裏切って行く人間ばかりなのか
いつまでも人形を抱いて沈黙っている私ではない
お腹がすいても
職がなくっても
ウオオ! と叫んではならないんですよ
幸福な方が眉をおひそめになる。
血をふいて悶死したって
ビクともする大地ではないんです
陳列箱に
ふかしたてのパンがあるが
私の知らない世間は何とまあ
ピアノのように軽やかに美しいのでしょう
そこで始めて
神様コンチクショウと吐鳴りたくなります。
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長い電車に押されると、又何の慰さめもない家へ帰えらなければならない。
詩を書く事がたった一つのよき慰さめ。
夜飯田さんとたい子さんが唄いながら遊びに来る。
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俺んとこの
あの美しい
ケッコ ケッコ鳴くのが
ほしいんだろう……
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壷井さんとこで、豆御飯をもらう。
六月×日
今夜は太子堂のおまつり。
家の縁から、前の広場の相撲場がよく見えるので、皆集って見る。
「西! 前田河ア」
と云う行司の呼ぶ声に、縁側に爪先立っていた私達はドッと吹き出して哄笑した。
知った人の名前なんか呼ばれると、とてもおかしくて堪らない。
貧乏していると、皆友情以上に、自分をさらけ出して一つになってしまう。
みんなよく話をした。
怪談なんかに話が飛ぶと、たい子さんは千葉の海岸で見た人魂の話をよくした。
この人は山国の生れか非常に美しい肌をもっている。やっぱり男に苦労する人だ。
夜更け一時過ぎまで花弄をする。
六月×日
萩原さん遊びに来る。
酒は呑みたし金はなしで、敷蒲団一枚屑屋に壱円五拾銭で売る。
お米がたりなかったので、うどんの玉をかってみんなで食べる。
酒の代りに焼酎を買って来る。
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平手もて
吹雪
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