た冷たさがあった。話はいかにも親しそうにしていて、瞳は遠くの方を見ている。
 そのはるかな[#「はるかな」に傍点]ものを見ている彼女の瞳には空もなければ山も海も、まして人生の旅愁なんて、支那人形の瞳のような、冷々と底知れない野心が光っていた。
「えゝ今日からお手助してもようございますわ。」

 昼
 黒いボアに頬を埋めて女主人出て行く。
 少女が台所で玉葱をジタジタ油でいためている。
「一寸! 厭になっちゃうね、又玉葱にしょっぺ汁かい?」
「だって、これしか当がって行かねえんだもの……。」
「へん! まるで犬ころとまちがえてやがるよ。」

 ジロジロ睨みあっている瞳を冷笑にかえると、彼女達は煙草をくゆらしながら、
「助手さん! 寒いから汚ないでしょうけど、こゝへ来て当りませんか!」
 何か底知れない気うつさを感じながら、襖をあけると、雑然として前の玄関に、女が六人位もさしあって居た。
 こんなにどこから来たのかしら――

「助手さん! 貴方お国どこ?」
「東京ですの。」
「テヘッ! そうでございますの、一寸これゃごまめだよ。」
 女達は、ワッハワッハ笑いながら、何か話しあっていた。
 昼の膳の上。
 玉葱のいためたのに醤油をかけたの、京菜の漬物、薄い味噌汁。
 八人の女が、猿のように小さな卓子を囲んで箸を動かせる。
「子供××××××と言って、あいつ一日延ばしに私から金を取る事ばかり考えているよ、そして栄養食ヴィタミンBが必要ですか、奴淫売《ドインバイ》のくせに!」
 女給が三人
 田舎芸者が一人
 女中が一人
 未亡人が一人
 女達が去ったあと、少女が六人の女の説明をしてくれた。
「うちの先生は、産婆が本業じゃないのよ、あの女の人達前からうち[#「うち」に傍点]の先生のアレの世話になってんですの、世話だけでも大したものでしょう。」
 奴淫売《ドインバイ》! と云い散らした女の言葉が判ると、自分が一直線に落ち込んだような気がして急に、フッと松田さんの顔が心に浮んだ。
 不運な職業にばかりあさりつく私、もう何も言わないで、あの人と一緒になろうかしら――。

 何でもない風《ふう》をよそおって、玄関へ出る。
「荷物を持って、もう帰るの……。」
 ××の写真を、まるで散しのように枕元に散乱させて居た女が、フッと起きあがって、それに座蒲団をかぶせると、
「ちょいと、先生がか
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