室で、ホワイト・ファングだの、鈴木三重吉《すずきみえきち》の『瓦』だのを読みました。平凡な娘がひととおりはそのようなものに眼を通す、そんな、感激のない日常でした。両親は、毎日、或いは泊りがけで、近くの町や村へ雑貨の行商に行っておりましたので、誰もいない家へ帰るのが厭《いや》で、私は女学校を卒業する四年の間、ほとんど、この陰気な図書室で暮らしておりました。目立たない生徒で、仲のいい友人も一人もありませんでした。無細工なおかしな娘だったので、自然と私も遠慮勝ちで友達をもとめなかったことと思います。二年生の時、椿姫の唄を唱歌室で聴きました。新任の亀井花子と云う音楽教師がレコードをかけてくれたのです。「ああそはかのひとか、うたげのなかに……」と云ったような言葉でしたが、唱歌の判らない私にも、その言葉は心が燃えるほど綺麗だったのです。上級にすすんで、私はウェルテル叢書を読むようになりました。橙《だいだい》色のような小さい赤い本で、マノン・レスコオだの、ポオルとヴィルジニイだの、カルメン、若きウェルテルの悲しみ、など読み耽《ふけ》りました。私たちの受持教師に森要人と云う、五十歳位の年配の方がいまし
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