って行った。――よっぽど柳には性のあった土地と見えて、この庭の真中にも、柔かい芽を出した大きい、柳の木が一本、羊のようにフラフラ背を揺《ゆす》っていた。
 廻旋木《かいせんぼく》にさわってみたり、遊動円木に乗ってみたり、私は新しい学校の匂いをかいだ。だが、なぜか、うっとうしい気持ちがしていた。このまま走って、石段を駈《か》け降りようかと、学校の門の外へ出たが、父が、「ヨオイ!」と私を呼んだので、私は水から上った鳥のように身震いして教員室の門をくぐった。
 教員室には、二列になって、カナリヤの巣《す》のような小さい本箱が並んでいた。真中に火鉢があった。そこに、父と校長が並んでいた。父は、私の顔を見ると、いんぎん[#「いんぎん」に傍点]におじぎをした。だから、私も、おじぎをしなければならないのだろうと、丁寧に最敬礼をした。校長は満足気であった。
「教室へ連れて行きましょう」
「ほんなら、私はこれで失礼いたします。何ともハヤ、よろしくお願い申し上げます」
 父が門から去ると私は悲しくなった。校長は背の高い人であった。私はどこかの学校で覚えた、「七尺|下《さが》って師の影を踏《ふ》まず」と、云
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