て上って来た。その黒い風呂敷包みの中には繻子《しゅす》の鯨帯《くじらおび》と、おじさんが船乗り時代に買ったという、ラッコの毛皮の帽子がはいっていた。おばさんは、夜更けを待って、裏口から質屋へ行く途中《とちゅう》ででもあったのであろう。おばさんの帯の間から質屋の通いがおちた。母は「このひとも苦労しなはる」と、思ったのか、その通いを、医者の見ぬように隠《かく》した。
「あぶないところであった」
「よかりましょうか?」
「打身をしとらぬから、血の道さえおこらねば、このままでよろしかろ」
 一度は食べてみたいと思ったおばさんの、内職の昆布が、部屋の隅に散乱していた。五ツ六ツ私は口に入れた。山椒《さんしょう》がヒリッと舌をさした。
「生きてあがったとじゃから、井戸|浚《さら》えもせんでよかろ」

 朝、その水で私達は口をガラガラ嗽《すす》いだ。井戸の中には、おばさんの下駄《げた》が浮いていた。私は禿《は》げた鏡を借りて来て、井戸の中を照らしながら、下駄を笊《ざる》で引きあげた。母は、石囲いの四ツ角に、小さい盛塩《もりじお》をして「オンバラジャア、ユウセイソワカ」と掌を合しておがんだ。
 曇《くも
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