つれ果てた妻の顏をおもひ出してゐた。さゝやかなよろこびだけれど、ふじ子が一番よろこんでくれさうな氣がして來る。
 二三日たつてから、廣太郎はふじ子からの手紙を手にした。
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――おかへんなさい。姫路の家から、お歸りを知らせて來ました。お元氣ですか。
私たちもおかげさまで元氣でをります。同封の寫眞のやうになりました。
秋までこゝにゐようとぞんじます。
私は、いままでの生活に再び戻つてゆける自信はありません。何も知らない、平凡な妻であつた私に、あなたはおもひがけないところで、私に何百燭光と云ふ燈火をつけて下さつたやうなものです。子供もこゝがいゝと云つてゐます。私は久しぶりに、女學生のやうな昔の生々しさにかへりました。子供は私が養育したいとおもひます。生意氣なやうですけれども、子供たちも、もう、すつかり、この海邊の生活になついてしまつて東京へ歸らうとは申しません。どうぞお元氣でゐて下さい。籍の方はいつでも御自由に拔いて下さいまし。新しい奧さまをお迎へになつて、いゝ生活をなさいますやうに。いまは昔のやうな怨嫉つゆほどもなく、私も新しく生々と生活してをります。子供の着替へと、
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