て、さだめし自分は老いつかれた女にかはつてゐるのだらうと、何となく、木山がまぶしかつた。
 木山はぬるい茶をつぎながら、ふじ子の身上話をきいてゐる。
「男つて、結婚生活にも、自分の職業にも飽いて來ると、まるで、手がつけられないンですもの。木山さんにも、そんなお氣持ありますかしら?」
「さうね。ある年齡に達した時、そんなおさきまつくらな氣持は、必ずありますね。女のひとにはわからないでせうが――三十をすぎて來ると、男も、本當に仕事が面白くなつてきますからねえ。仕事に不滿や懷疑の出て來るのも、僕たちの年齡ですよ。あなたの云ふやうな仕事に飽きる氣持ぢやなくて、仕事に慾を持つた時の中だるみだと僕は思ふンです。女のひとが出來たところで、それは長つゞきするものぢやないと思ふンだが。あなたや、子供たちを忘れ果てて去つてゆかれたのだとは、どうも思へないですね」
「さうでせうか‥‥でも私、どうしてもどんなことがあつても、再び前どほりに家庭を持つと云ふことはとても出來ないと思ひますわ。潔癖とでも云ふのでせうかしら。もう、いままでの生活を二度くりかへすのはこりごりですの‥‥」
「子供さんはどうします?」
「子供は私が養育するより仕方がないとおもつてゐます。兄の方を、父親へかへしてやらうかともおもひましたけれども、いざとなると、可愛くて手離すことが出來ませんし‥‥」
「ぢやア、生活はどうします?」
「えゝ、それなンですけれど、どうしたらいゝかと思つてゐますの。二十八にもなつて、しかも子供まであるンですもの、おいそれと、いゝ職業もみつかりつこはありませんし、いつそ、親子心中でもしようかとおもつたりしましたわ」
「ぶつさうですね、――まア、四五日、こゝにゐらつしやい。そしてよく考へるンですよ。死ぬることはいつでも出來ます。最後の瞬間まで、元氣を持たなくちやいけませんね」
 娘の頃よりも落ちついてゐて、ふじ子の胸や腰の肉づきが、木山には變にくすぐつたい感じだつた。ふじ子は、このごろ、何もたのしいことがないから、腹いせに煙草を喫ひ出してみたのだと、袂から「朝日」を出して一本口に咥へた。
 煙草を唇に咥へた手つきも妙に自然だつたし、白粉氣のない、白い皮膚が、さつぱりとしてゐる。木山はこの女が四五日ゐたところで不快ではないとおもひ、
「まア、ゆつくりしてゐらつしやい、僕は子供好きだし、賑やかでいゝ」
 
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