さんにも別れて、食べものもなく、すっかり、昔の美しい毛なみをうしなって、よろよろと野尻の湖畔を野良犬になって暮らしていた。
 ペットはポインターの雜種で、茶色の大きい犬だった。好きな主人にはなれ、その次のガブラシさんにもはなれて、いままでのたのしい、きそくだった生活からはなれて、だんだんからだが弱くなっていった。
 冬になると、モオリスさんは、東京の麻布の家で、ペットをストーヴのそばにおいてくれたものだけれど、そして、野尻でも、ガブラシさんは冬になると、いつもストーヴのそばにペットを寢かせてくれたけれども、終戰になって、ペットの好きな人がだれもいなくなってしまうと、ペットははじめての冬を、ほんとに哀れなかっこうで暮らさなければならなかった。
 疎開の人たちもまだ、あっちこっちの別莊に殘ってはいたけれど、ペットを飼ってくれるような、親切なひとは一人もいなかった。ペットは、時たま野尻の町をあるいて、家々の臺所口からのぞいて、何かたべものはないかと、そこにいる人々にあわれみのこもった眼を向けるのだったけれども、誰も、しっ、しっと叱るだけで、ペットに食べ物をくれるひとは一人もない。
 それでも
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