に、ペットは氣が遠くなっていった。きれいなローソクの灯のような五色の光の色が、ペットのはかない眼のさきにちらちらするような氣がしてきた。
 部屋に吹きこむ吹雪は、いつの間にか、小さい蝶々のような天使の姿になって、ペットのからだのまわりをぐるぐる手をつないでまわりはじめている。ペットはいい氣持だった。モオリスさんが、大きいパイプをくわえて、ピアノを彈いている姿やペットにジャンプを教えてくれた、かっと照りつける夏の日の思い出が、ペットの頭に浮かんで來た。
 時々、神樣のようなお聲で、
「ペット、眠っちゃいけないよ、元氣を出して、いまに春が來るまで、もうしばらくのがまんだよ。」
 といっているようだ。
 ペットはうとうといい氣持になってきた。

 春になって、アメリカから、モオリスさんは中尉さんで日本へ來た。近いうち、野尻へいくというたよりが、柏原の荒物屋さんをびっくりさせた。荒物屋のおかみさんは、掃除道具を持って、大きい息子と二人でモオリスさんの別莊へ來てみた。
 鍵を開けて二階へ上ってみると、モオリスさんのベッドの下で、ペットがみるかげもなくやせさらばえて死んでいた。別にくさりもしないで、平和な寢姿で横になっていた。
 ばけつをさげたおかみさんは、「まア、ペットがこんなところにいるよ。」といって泣き出してしまった。おかみさんは、主人の家を忘れないやさしいペットをみて、ほんとに、すまないことをしたと思った。



底本:「童話集 狐物語」國立書院
   1947(昭和22)年10月25日発行
入力:林 幸雄
校正:鈴木厚司
2005年5月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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