、ペットはどうにか、食物をあさって、その日その日を暮らしていた。
 秋の終りごろ、野尻の別莊地に、みなれないジープが一臺來て、アメリカの兵隊さんが、湖畔で船を出して遊んでいた。ペットは、久しぶりに、モオリスさんによく似たひとにめぐりあったような氣がして、ジープのそばへ走っていった。ジープに殘っていた兵隊さんが、ペットを見ると口笛を吹いて、ビスケットを投げてくれた。
 ペットは、はげしいうれしさで、その兵隊さんの手へ飛びついていった。何年ぶりかで、ペットはおいしいビスケットをもらって、ちぎれるようにしっぽを振って、兵隊さんにじゃれていた。
 ペットはとてもうれしかった。
 やがて、日暮れがた、ジープは、船あそびの兵隊さんをのせて町の方へ戻っていった。
 ペットはジープが見えなくなるまでそのあとを追って、走っていったけれども、とうとう、ジープを見失ってしまってぼんやりしてしまった。ペットは、また、モオリスさんのいない、ポーチにもどらなければならないと思うと、さびしくてさびしくて悲しくなって來る。
 いつの間にかまた冬がやって來て、夜分なんか、寒くて、ペットは、ポーチのごみくずのなかで何度となく眼が覺めた。それでもがまんして、ペットは毎日たべものをあさって暮らしていた。時々、ペットに食物をくれる本田さんというお醫者さんも東京へいってしまった。寒くなると、疎開者のひとがほとんどいなくなって、別莊地は荒れ果てたまま、まるで無人境みたいにさびしくなっていった。
 ペットは、くさった床板のはがれたところからもぐって、板の間へ出て、昔、モオリスさんがよく本を讀んでいた部屋へはいって、部屋のすみっこへ、もぐもぐとうずくまって寢るようになった。
 ペットもこのごろは年をとって、齒が拔けるようになり、足もともふらふらして、この冬を滿足にすごせるような元氣さがなくなっていた。
 ペットは、なぜ、モオリスさんが自分を捨てていったのか少しもわけがわからない。――思い出はたのしくて、夏の夕方、ポーチの食卓で、ポオタプルにレコードをかけながらおいしい肉片をモオリスさんからほってもらった記憶など、ペットは時々なつかしく思い出すのだった。
 モオリスさんの奧さんは、朝は、オートミイルに牛乳をかけて、犬小舍の前においてくれた。その犬小舍も、柏原へ運ばれて、いまはペットの住居はここにないのだ。
 野尻に雪
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