でせう?」「若くても、田舎者だよ」きんは、田部の銀の煙草ケースから一本煙草を抜いて火をつけて貰つた。女中がウイスキーのグラスと、さつきのハムやチーズを盛りあはせた皿を持つて来た。「いゝ娘だね……」田部がにやにや笑ひながら云つた。「えゝ、でも唖なのよ」ほゝうと言つた表情で、田部はぢいつと女中の姿をみつめてゐた。柔和な眼もとで、女中は丁寧に田部に頭をさげた。きんは、ふつと、気にもかけなかつた女中の若さが目障りになつた。「御円満なのでせう?」田部はぷうと煙を吹きながら、あゝ僕ンとこかいと云つた顔で、「もう来月子供が生れるンだ」と言つた。へえ、さうなのと、きんはウイスキーの瓶を持つて、田部のグラスにすゝめた。田部は美味さうにきゆうとグラスを空けて、自分もきんのグラスにウイスキーをついでやつた。「いゝ生活だな」「あら、どうして?」「外は嵐がごうごうと吹き荒さんでゐるのにさ、君ばかりは何時までたつても変らない……不思議な人だよ。どうせ、君の事だから、いゝパトロンがゐるンだらうけど、女はいゝな」「それ、皮肉ですか? でも、私、別に、田部さんに、そんな風な事云はれる程、貴方に御厄介かけたつて事ないわね
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