ましたなんて話もないはづよ。ね、もうこれから梅雨季にでもなつて御覧なさい、それこそ干上つちやうぢやないの」
「ま、さう、むきになつて云はなくつてもいゝよ。まだ商売はこれからなンだから、――ところで、文房具はどうだらうね?」
「さうね、化粧品より文房具の方がいゝかも知れないわ?」
二人は看板屋の軒から、何時か歩き始めてゐた。嘉吉もなか子も、夜店の話にすつかり興奮してしまつてゐる。あなたと云ふひとは、私がゐないぢや何も出来ないひとなのねと、なか子は、時々嘉吉にあきれて見せながら、「景気が悪くなつて別れたンぢや気色が悪いつてあんたが云ふけど、こんなにとことんまで来ると今度は私の方が気の毒で見ちやゐられない」歩きながら、なか子があゝと溜息をつくのであつた。――嘉吉は、自分が生きてゐるのか、それともぶらぶら足だけが歩いてゐるのか、今では自分で自分の体工合が判らなくなつてゐた。夜店を出すとは云つたものゝ元手なしの委託販売でもなかつた。拾円ばかりの保証金をおさめてさへおけば、その金高より一寸出た位の品物を借してくれると云ふだけで、嘉吉の云ふ、日に四円の儲けは、嘉吉の描いたお伽話なのであらう。
「一
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