もして来る。
 嘉吉の前ではどうしてもつけてみる気がしかなかつたが、百貨店でそつとしのばせて来た頬紅も、電気の下でみると案外派手な色であつたので、なか子は、舌打ちしたいやうな気持ちで、あゝ私はいつたいどうなるのだらうと、横になつてゐても眼がさえざえして眠ることも出来なかつた。

 その翌日の夕方、嘉吉がインバネスもトランクも持たないで尋づねて来た。なか子はうれしかつたが、わざとふくれた顔をして看板屋の軒下へ嘉吉をひつぱつて行つた。
「どう、勤まりさうかい?」
「あんまりいゝところぢやないわ‥‥」
「さうだろうね‥‥」
「昨夜、どこで泊つたの?」
「昨夜か、昨夜は、ついそこの商人宿へ泊つたさ」
「さう、藁店へは帰へつてみなかつた?」
「莫迦だな、帰へれやしないぢやないか、下手アまごつくと飛んだ目に逢ふよ」
「何か判断がついた?」
「あゝ別にいゝ判断もつかないが、今朝は浅草へ一寸行つて来たンだがね、化粧品の夜店をするンだつたら、委託販売でもつて、少々の品物は借してやらうつて処があるンだが、どうだらうと思つてさ‥‥」
 四年の間に、何十度となく別れ話しが持ちあがつてゐながら、いざ、ちりぢりに
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