帰へつて行くまでは、馬穴をさげて溝板の上をざぶざぶ濡らして歩いてゐた。屑屋が、幾度も足を運んで、細々した荷物を運んで行くと、二人は、がらんとした奥の居間で顔を視合はせて呆んやり笑つた。
「いくらに売れたの?」
「るたよまる[#「るたよまる」に傍点]、さ」
「さう、仕方がないわね、弐拾七円八拾銭なんて、もう一寸で参拾円ぢやないの?」
「これだけ買つてけば上等の方さ‥‥」
 鏡台も長火鉢も売つてしまつた。流石に箪笥は大きかつたので、そのまゝにしておくことにしたのだが、何となく、なか子にはその箪笥を嘉吉が売りおしんでゐるやうな気がしてならなかつた。――日が暮れると、お互ひに着られるだけのものを身につけて小さいトランクへ二人のものを押しこみ、宵の口に戸締りをしてしまふと、二人はわざと肩をならべて戸外へ出て行つた。「あゝさばさばした」なか子は、まるで里帰へりのやうな陽気さであつたが、流石に嘉吉の心の内には苦味いものが走つてゐた。丁度六年もあの店に坐り、小さいながらも今日までやつて来た事を考へると、鼻の裏が何となく熱い。路地の出しなに、何気なく振り返へつて見ると、黄昏の灯火の下の屋根看板が、嘉吉に
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