「ねえ、あと五六日で四月ぢやないの?」
「考へてみると、一緒にならなきやよかたつて云ふンだらう?」
「どうとも御判断に任かせます」
すると、嘉吉は褞袍を蹴るやうにして起きあがると、冷へた茶をごくんと飲んで、「仕末して、いつそわかればなしが決まつたんだ、温泉にでも行つてみるか」と云つた。
いまゝで煤けたやうに悄気てゐたなか子は、嘉吉に、温泉にでも行くかと云はれると、娘のやうに眼を晴々とさせて、「まア」と嬌声をあげた。一日のばしにして細々と長らへてゐるより、いつそ、ばたばたと売り払つて温泉にでも行つて、それから二人でちりぢりになつても、遅くはないし、かへつて後くされがなくていゝかも知れないと、「そりア素的よ。考へて御覧なさいな、こんな処でくよくよしてたつて仕方がないぢやないの」と、早、なか子は店から帳面を取つて来て嘉吉の前へ広ろげるのであつた。
「その白い処へ何がどれ位つて、一寸書いて御覧なさいよ」
「がらくたの相場かい?」
「がらくただつて、レジスターだの、陳列箱だの色々あるぢやないの?」
「うん、あるにはあるさ、だけど、あんなのはみんな担保にはいつてしまつて仕様のないもんばかりだぜ
前へ
次へ
全32ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング