手固いものを愛します。――さてそろそろ夏が来ますが、浴衣《ゆかた》を着られるのはまた何としても愉《たの》しいことです。何が何だと云っても浴衣の着心地は素敵です。巴里ではどんなにか浴衣が恋しかったものでしたが、おそらく、浴衣のように肌ざわりのすずやかな着物は他の国にあまりないでしょう。二、三度水をくぐらせた頃の浴衣はなかなかいいし、柄は単純なのが好きです。
よく、呉服屋では高価な衣裳祭はしても、浴衣祭と云うのをしませんが、浴衣こそは、ブルジョワもプロレタリアも祝っていいと思います。ただし、不思議に浴衣だけは、「やはり野におけ蓮華草《れんげそう》」で、昼間の外出着にならないのが残念です。浴衣に襦袢《じゅばん》の襟《えり》を出し、足袋に草履《ぞうり》をはいたら何ともなさけない姿になりましょう。
夏になるとあっぱっぱ[#「あっぱっぱ」に傍点]と云うのが流行りますが一風景です。なかなかいいと思います。一度着てみたいと思います。だが、やっぱり私はみえ坊[#「みえ坊」に傍点]だから、「層々として山水秀ず、足には遊方の履《くつ》を躡《ふ》み、手には古藤の枝を執《と》る」の境地をもとめてりりしい着物を愛します。あっぱっぱ[#「あっぱっぱ」に傍点]も随分りりしくはありますが、そのりりしさよりも、浴衣に襷《たすき》がけのりりしさを愛します。浴衣の女が手足の爪《つめ》をきちんと剪《き》っているのはなかなか涼しいものではありませんか。――さてこうして書いてみると、私の趣味も至って平凡ですが身にあったことが一番でしょう。――高価な衣裳の趣味はいずれ誰かおかきになるでしょうから……。
私はいったい木綿主義ですが、絹物でも白地を買って自分で色や模様を工夫して染めに出すのが好きです。なかなか愉しみです。女にとって着物の話位何よりもたのしいものは他にありません。――
底本:「林芙美子随筆集」岩波文庫、岩波書店
2003(平成5)年2月14日第1刷発行
底本の親本:「林芙美子全集」文泉堂出版
1977(昭和52)年
「林芙美子選集」改造社
1937(昭和12)年
入力:岡本ゆみ子
校正:noriko saito
2008年3月4日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られま
前へ
次へ
全5ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング