階からひとめに波浮の港が見えます。商人町らしく、活氣のある町の風景で、中食に食べた野菜でも魚でも舌においしくて、遊山をする氣分のひとには樂しいところでせう。こんないゝ港に、東京からの便利な船が、這入らないのが不思議な位、美しい風景のところです。――夏になると便利な船が這入つて來るさうですが、灣の中には、昔風な黒船みたいな漁船や、近島通ひの和船がもやつてゐて、まるで小鳥が兩袖でかこまれてゐるやうにも見えました。岬の丘の上には肺病か何かの療養所があると云ふ事でした。大島へ出て、波浮に來たことは大變いゝ思ひ出ものです。
風呂から上つて、地酒を少し飮みました。何としても一人旅で話し相手もない故、此のやうなゼイタクも見逃し給へです。
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眼とぢたり
瞼ひらけば火となりて
涙吾れをば燒く憶ひなり
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食事の後、座蒲團を枕にごろりと寢ころぶと、何時のまにかうたゝねしてしまつて、偶と眼が覺めた時、こんな歌が出來ました。海邊の風が心に沁みたのか、何でもないのに涙が溢ふれて、死ぬのだつたら、あのやうな煙の中よりこんな港の美しいところがいゝなと、疲れてゐたのでせ
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