て行きます。
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 接吻

はじめて接吻を知つた夜
桜がランマンと咲いて

月は赤かつた――

血をすゝるやうな男の唇に
わけても
わけても
月はくるくる舞つてゐた。
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 ロマンチストの言葉

―これでもか!
―まだまだ……
―これでもへこたれないか!
―まだまだ……

貧乏神がうなつて私の肩を叩いてゐる
そこで笑つて私は質屋の門へ
『弱き者よ汝の名は女なり』と大書した。
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 ほがらかなる風景

出帆だ! と吐唸つてゐるやうな百貨店の口
その口つぺたにツバを吐いて
小石のやうに私を蹴つた
ふそろいな流行の旗を立て沢山の不幸人が行くよ。

暮色に包まれた街の音に押されると
私は郊外の白い御飯を思ふ。

艶々とした健康な住家を思ひ浮べると
空高く口笛を吹いて銅貨の音が恋しくなつた
だが過失の卵ばかり生んでゐる
私はメン※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]だと思ふと泣けてしまふ。

だがその小さな汚れた卵はメリケン袋へ入れて
ほら百貨店の口へ
群集の頭へほうり投げてやらう。

くるりと廻転機をまはして私は風のやうに
爽やかに郊外の花畑を吹く
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