会のセメントをザザザと崩す日を思へ!
大理石もドームも打破つてトンネルを造れ
海へ続くユカイなトンネルを造れ
海は波は
新しい芝居のやうに泡をたて
腰をゆり肩を怒らせ
胸を張り
真実切ないものを空へぶちまけてゐる。

汚れた土を崩す事は気安めではない
大きい冷い屋根を引つぺがへして
浪の泡沫をふりかけやうか!
それとも長い暗いトンネルの中へ
鎖の鍵を持つてゐるムカデを
トコロテンのやうに押し込んでやらうか!

奈落にひしめきあふ不幸な電気人形よ
波を叩いて飛ぶ荒鷲のツバサを見よ
海よ海!
海には自由で軽快な帆船がいつぱいだ。
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 情人

船の上から
一直線に飛びこんだ私――
上手に起きやうとすると
ふくらはぎに海鼠が這つて
私は恥かしくて
両手で乳房を抱きました。

波が荒くなつてくると
私は髪をほどいて
もうステバチになつたんです
ドンと突き当れば
ドンとはねつ返すパツシヨン
あゝ私は強い波の
打たれるやうな接吻を恋ひした。

ビロードのやうに青い波の上だよ
私は裸身を水にしぶかせて
只呆然と波に溺れたのです。

さあ私は人魚
抱きしめておくれ
私の新らしい恋人よ
船に置忘れた
可愛い水夫の夢もあつたが
私のことづけは白い鴎に
―いゝ情人が出来ました

あゝ私はうらぶれた人魚
遠くい遠くい飛んだ鴎よ
かへつておいでヒーロヒロ
―やつぱり淋しく候
―悲しく候
―青い人魚は死んでしまひ候。
[#改ページ]

 雪によせる熱情

茫漠たる吹雪の野に
私は只一羽の荒鷲となつて
ゐつぱいの羽根
ゐつぱいの魂
せいゐつぱいの情熱を拡げて
ひと打ち!
ビユンと私は野を越へやう――

キリキリ キリキリ
美しい雪の砲丸
私は真赤な帽子をかぶつて
ゐつぱいの両手
ゐつぱいの心臓
せいゐつぱいの瞳を開いて
ころころ私は雪にまみれやう。

あの真蒼い雪!
雪の上からのし上がる断雲
あゝもれもれと上がる私の顔のスフインクス
野も山も雪も家も呑んでしまほう。

雪の上のスフインクスは
涙をふりちぎつて大空に息した
ゐつぱいの口
ゐつぱいの息
せいゐつぱいの胸をゆする。

ランマンと咲いた地球の上に
ランマンと飛ぶ雪の砲丸
さあゐつぱいの力だ
ゐつぱいに足をふまへて
私はせいゐつぱいに弓を張らう!
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 酔ひどれ女

鉄くづのやうにさびた木の葉が
ハラ/\散つてゆくと
街路樹は林立した帆柱のやうに
毎日毎日風の唄だ。

紫の羽織に黒いボアのうつるお嬢さん!
私はその羽織や肩掛けに熱い思ひをするのです。
美しい女
美しい街
お腹はこんなにからつぽなんです。
私は不思議でならない
働らいても働らいても御飯の食へない私と
美しい秋の服装と――

たつぷり栄養をふくんだ貴女の
頬つぺたのはり具合
貴女と私の間は何百里もあるんでせうかね――

つまらなくつて男を盗んだのです
そしてお酒に溺れたんですが
世間様は皆して
地べたへ叩きつけて
この私をふみたくつてしまふのです。
お嬢さん!
ますます貴女はお美しくサンゼンとしてゐます。

あゝこの寂しい酔ひどれ女は
血の涙でも流さねば狂人になつてしまふ
チクオンキの中にはいつて
吐唸りたくつても
冷たくて月のある夜は恥かしい

嘲笑したヨワミソの男や女達よ!
この酔ひどれ女の棺桶でもかつがして
林立した街の帆柱の下を
スツトトン
スツトトンでにぎはせてあげませう。
[#改ページ]

 乗り出した船だけど

それはどろどろの街路であつた
こわれた自動車のやうに私はつゝ立つてゐる
今度こそ身売りをして金をこしらへ
皆を喜ばせてやらうと
今朝はるばると
幾十日めで東京へ旅立つて来たのではないか

どこをさがしたつて私を買つてくれる人もないし
俺は活動を見て五十銭のうな丼を食べたらもう死んでもいゝと云つた
今朝の男の言葉を思ひ出して
私はサンサンと涙をこぼしました。

男は下宿だし
私が居れば宿料が嵩むし
私は豚のやうに臭みをかぎながら
カフエーからカフエーを歩きまはつた
愛情とか肉親とか世間とか夫とか
脳のくさりかけた私には
縁遠いやうな気がします。

叫ぶ勇気もない故
死にたいと思つてもその元気もない
私の裾にまつはつてじやれてゐた
四国にのこした
小猫のオテクさんはどうしたらう……
時計屋の飾り窓に私は女泥棒になつた目つきをしてみやうと思ひました
何とうはべばかりの人間がウヨウヨしてゐることよ

肺病は馬の糞汁を呑むとなほるつて
辛い辛い男に呑ませるのは
心中つてどんなものだらう……

ヘイヘイ金でございますよ
金だ金だつて言ふけれど
私は働いても働いてもまはつてこない
金は天下のまはりものだつて言ふのにね。

何とかキセキは現はれないものか
何とかどうにか出来ないものか
私が働らいてゐる金
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