の息づかいを感じると、私は涙が霧のようにあふれて来た。今までこんなに、優しい言葉を掛けて私を慰めてくれた男が一人でもあっただろうか、皆な私を働かせて煙のように捨ててしまったではないか。この人と一緒になって、小さな長屋にでも住って、世帯を持とうかしらとも思う。でもあんまりそれも淋しすぎる話だ。十分も顔を合せていたら、胸がムカムカして来る松田さんだった。
「済みませんが、私は体の工合が悪いんです。ものを言うのが、何だかおっくうですの、あっちい行ってて下さい。」
「当分工場を休んで下さい。その間の事は僕がしますよ。たとえ貴女が僕と一緒になってくれなくっても、僕はいい気持ちなんです。」
まあ何てチグハグな世の中であろうと思う――。
夜。
米を一升買いに出る。ついでに風呂敷をさげたまま逢初《あいぞめ》橋の夜店を歩いてみた。剪花《きりばな》屋、ロシヤパン、ドラ焼屋、魚の干物屋、野菜屋、古本屋、久々で見る散歩道だ。
(十二月×日)
ヘエ、街はクリスマスでございますか。救世軍の慈善鍋《じぜんなべ》も飾り窓の七面鳥も、新聞も雑誌も一斉に街に氾濫《はんらん》して、ビラも広告旗も血まなこになってい
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