に血へどを吐いて、華族さんの自動車にでもしかれてしまいたいと思う。いとしいお母さん、今、貴女は戸塚、藤沢あたりですか、三等車の隅っこで何を考えています。どの辺を通っています……。三十五円が続くといいな。お濠には、帝劇の灯がキラキラしていた。私は汽車の走っている線路のけしきを空想していた。何もかも何もかもあたりはじっとしている。天下タイヘイで御座候だ。
*
(十一月×日)
浮世離れて奥山ずまい、こんなヒゾク[#「ヒゾク」に傍点]な唄にかこまれて、私は毎日|玩具《おもちゃ》のセルロイドの色塗りに通っている。日給は七十五銭也の女工さんになって今日で四カ月、私が色塗りをした蝶々のお垂《さ》げ止めは、懐かしいスヴニールとなって、今頃はどこへ散乱して行っていることだろう――。日暮里《にっぽり》の金杉《かなすぎ》から来ているお千代さんは、お父つぁんが寄席の三味線ひきで、妹弟六人の裏家住いだそうだ。「私とお父つぁんとで働かなきゃあ、食えないんですもの……」お千代さんは蒼白《あおじろ》い顔をかしげて、侘しそうに赤い絵具をベタベタ蝶々に塗っている。ここは、女工が二十人、男工が十五人の
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