しくなっている。こんな甘いものだらけの世の中に、自分だけが真実らしく死んで見せる事は愚かな至りに御座候だ。継続だんごか! 芝居じみた眼をして、心あり気に睨んでいる男の顔の前で、私はおばけの真似でもしてみせてやりたいと思う。……どんな真実そうな顔をしていたって、酒場の男の感傷は生ビールよりはかないのですからね、私がたくさん酒を呑んだって帳場では喜んでいる、蛆虫メ!
「酔っぱらったからお先に寝さしてもらいます。」
 芙美子は強し。

(十月×日)
 秋風が吹く頃になりました。わたしはアイーダーを唄っています。
「ね! ゆみちゃん、私は、どうも赤ん坊が出来たらしいのよ、厭になっちまうわ……」
 沈黙《だま》って本を読んでいる私へ、光ちゃんが小さい声でこんな事を云った。誰もいないサロンの壁に、薔薇《ばら》の黄いろい花がよくにおっていた。
「幾月ぐらいなの?」
「さあ、三月ぐらいだとおもうけど……」
「どうしたのよ……」
「いま私んとこ子供なんか出来ると困るのよ……」
 二人はだまってしまった。おでんを食べに行った女達がぞろぞろかえって来る。
 私のいやな男が又やって来る。えてして芝居もどきな恰
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