の壁をめぐらしたドックの建物を山の上から見降ろしていると、旗を押したてて通用門みたいなところに黒蟻《くろあり》のような職工の群が唸っていた。山の小道を子供を連れたお上さんやお婆さんが、点々と上って来る。八月の海は銀の粉を吹いて光っているし、縺《もつ》れた樹の色は、爽かな匂いをしていた。
「尾道から警官がいっぱい来たんじゃと。」
 髪を後になびかせた若いお上さん達が、ドックを見下ろして話しあっていた。
「しっかりやれッ!」
「負けなはんな!」
「オーイ……」真昼間の、裸の職工達の肌を見ていると、私も両手をあげて叫んだ。旅の古里の言葉で、「しっかりやってつかアしゃア。」
「御亭主があそこにおってんな? うちの人は、こうなったら、もう死んでもええつもりでやる云いよりやんした。」
 私はわけもなく涙があふれていた。事務員をしたりしてあんなにつくした私の男が、大学を出ると、造船所の社員になって、すました生活をしている、ここから見ていると、あんな門位はすぐ崩れてしまうようにもろく見えているのに……。
「職工は正直でがんすけん、皆体で打《ぶ》っつかって行きゃんさアね。」
 とうとう門が崩れた。蜂が飛
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