い出していた。落書だらけの汽船の待合所の二階に、木枕を借りて、つっぷしていると、波止場に船が着いたのか、汽笛の音がしている。波止場の雑音が、フッと悲しく胸に聞えた。「因の島行きが出やんすで……」歪《ゆが》んだ梯子段を上って客引が知らせに来ると、陽にやけた縞のはいった蝙蝠《こうもり》と、小さい風呂敷包みをさげて、私は波止場へ降りて行った。
「ラムネいりやせんか!」
「玉子買うてつかアしゃア。」
物売りの声が、夕方の波止場の上を行ったり来たりしている。紫色の波にゆれて因の島行きのポッポ船が白い水を吐いていた。漠々たる浮世だ。あの町の灯の下で、「ポオルとヴィルジニイ」を読んだ日もあった。借金取りが来て、お母さんが便所へ隠れたのを、学校から帰ったままの私は、「お母さんは二日程、糸崎へ行って来る云うてであった……」と嘘をついて母が、侘《わび》し気にほめてくれた事もあった。あの頃、町には城ヶ島の唄や、沈鐘の唄が流行《はや》っていたものだ。三銭のラムネを一本買った。
夜。
「皆さん、はぶ[#「はぶ」に傍点]い着きやんしたで!」
船員がロープをほどいている。小さな船着場の横に、白い病院の燈火が
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