と笑うと、立ちあがって、壁越しに「パパ!」と呼んだ。
「ハガキが来ていてよ、白いハンカチを持ってって書いてあるわ、香水ぐらいつけて行くといいわよ……」
「あらひどい!」

 七号室ではお妾さんが三味線を鳴らしている。河のそばを子供達が、活動芝居をいましめてなんて、日曜学校の変なうたをうたって通った。仕事、二百六十枚出来る。松田さん、どんな病気で入院をしているのかしら、遠くから考えると、涙の出るようないいひとなのだけれども、会うとムッとする松田さんの温情主義、こいつが一番苦手なのだ。その内、何か持って見舞に行こうと思う。夜、龍之介の「戯作|三昧《ざんまい》」を読んだ。魔術、これはお伽噺《とぎばなし》のようにセンチメンタルなものだった。印度人と魔術、日本の竹藪《たけやぶ》と雨の夜か……。霧つよく、風が静かになる、ベニは何か唄っている。

(四月×日)
 ベニの帰らない日が続く。
「別に心配してくれるなって、坊やからハガキが来ましたが、もう四日ですからね。」
 ベニのパパは心配そうに目をしょぼしょぼさせていた。

 今日は陽気ないいお天気である。もう病院を出たかも知れないと思いながら、植物園
前へ 次へ
全531ページ中225ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング