女といえば、私と取引先のお嬢さんであろう水色の服を着た娘と、美しい柄の浴衣を着た女と三人きりである。その二人のお嬢さん達は、青い茣蓙《ござ》の上に始終横になって雑誌を読んだり、果物を食べたりしていた。
 私と同じ年頃なのに、私はいつも古い酒樽《さかだる》の上に腰をかけているきりで、彼女達は、私を見ても一言も声を掛けてはくれない。「ヘエ! お高く止っているよ。」あんまり淋しいんで、声に出してつぶやいてみた。

 女が少ないので船員達が皆私の顔を見ている。ああこんな時こそ、美しく生れて来ればよかったと思う。私は切なくなって船底へ降りてゆくと、鏡をなくした私は、ニッケルのしゃぼん箱を膝でこすって、顔をうつしてみた。せめて着物でも着替えましょう。井筒の模様の浴衣にきかえると、落ちついた私の耳のそばでドッポンドッポンと波の音が響く。

(九月×日)
 もう五時頃であろうか、様々な人達の物凄《ものすご》い寝息と、蚊にせめられて、夜中私は眠れなかった。私はそっと上甲板に出ると、吻《ほっ》と息をついた。美しい夜あけである。乳色の涼しいしぶきを蹴って、この古びた酒荷船は、颯々《さっさつ》と風を切って走っ
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