もんですね。」
 私は二升の米を背負って歩くので、はつか鼠くさい体臭がムンムンして厭《いや》な気持ちだった。
「すいとんでも食べましょうか。」
「私おそくなるから止《よ》しますわ。」
 青年は長い事立ち止って汗をふいていたが、洋傘をくるくるまわすとそれを私に突き出して云った。
「これで五十銭貸して下さいませんか。」
 私はお伽話《とぎばなし》的なこの青年の行動に好ましい微笑を送った。そして気持ちよく桃色の五十銭札を二枚出して青年の手にのせてやった。
「貴方はお腹がすいてたんですね……」
「ハッハッ……」青年はそうだと云ってほがらかに哄笑《こうしょう》していた。
「地震って素敵だな!」
 十二社までおくってあげると云う青年を無理に断って、私は一人で電車道を歩いた。あんなに美しかった女性群が、たった二三日のうちに、みんな灰っぽくなってしまって、桃色の蹴出《けだ》しなんかを出して裸足《はだし》で歩いているのだ。

 十二社についた時は日暮れだった。本郷からここまで四里はあるだろう。私は棒のようにつっぱった足を、父達の間借りの家へ運んだ。
「まあ入れ違いですよ。今日引っ越していらっしたんですよ
前へ 次へ
全531ページ中199ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング