いじゃありませんか、怒って私が菓子折を海へ投げたからって、貴方に家を出て下さいなんて云うんじゃありませんもの。私はそのうち又ひとりで東京へ帰ります。」
砂浜の汚い藻《も》の上をふんで歩いていると、男も犬のように何時《いつ》までも沈黙って私について来た。
「おくってなんかくれなくったっていいんですよ。そんな目先きだけの優しさなんてよして下さい。」
町の入口で男に別れると、体中を冷たい風が吹き荒れるような気がした。会ったらあれも言おう、これも言おうと思っていた気持ちが、もろく叩きこわされている。東京で描いていたイメージイが愚にもつかなかったと思えて、私はシャンと首をあげると、灰色に蜿蜒《えんえん》と続いた山壁を見上げた。
造船所の入口には店を出したお養父さんとお母さんが、大工のお上さんと、もう店をしまいかけていた。
「オイ、この足袋は紙でこしらえたのかね、はいたと思ったらじき破れたよ。」
薬で黒く色染めしてあるので、はくと[#「はくと」に傍点]すぐピリッと破れるらしい。
「おばさん! 私はもう帰りますよ。皆おこって来そうで、おそろしいもん……」大工のお上さんは、再製品のその繻子
前へ
次へ
全531ページ中182ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング