の行燈を見ていると、不意に頭をなぐられたように母がいとしくなってきて、私はかたぶいた梟《ふくろう》の眼のような行燈をみつめていた。
「寒いのう……酒でも呑まんかいや。」
茶の間で母と差しむかいで一合の酒にいい気持ちになっている。親子はいいものだと思う、こだわりのない気安さで母の顔を見た。鼠の多い煤けた天井の下に、又母を置いて去るのは、いじらしく可哀想になってしまう。
「あんなひとは厭だわねえ。」
「気立はいい男らしいがな……」
淋しい喜劇である。ああ、東京の友達がみんな懐しがってくれるような手紙をいっぱい書こう。
*
(一月×日)
[#ここから2字下げ]
海は真白でした
東京へ旅立つその日
青い蜜柑《みかん》の初なりを籠いっぱい入れて
四国の浜辺から天神丸に乗りました。
海は気むずかしく荒れていましたが、
空は鏡のように光って
人参《にんじん》燈台の紅色が眼にしみる程あかいのです。
島での悲しみは
すっぱり捨ててしまおうと
私は冷たい汐風《しおかぜ》をうけて
遠く走る帆船をみました。
一月の白い海と
初なりの蜜柑の匂いは
その日の私を
売られて行く女のよう
前へ
次へ
全531ページ中129ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング