あ田舎にも退屈してしまった。
「お前もいいかげんで、遠くへ行くのを止めてこっちで身をかためてはどうかい。お前をもらいたいと云う人があるぞな……」
「へえ……どんなひとですか?」
「実家は京都の聖護院《しょうごいん》の煎餅《せんべい》屋でな、あととりやけど、今こっちい来て市役所へ勤めておるがな……いい男や。」
「…………」
「どやろ?」
「会うてみようかしら、面白いなア……」
 何もかもが子供っぽくゆかい[#「ゆかい」に傍点]だった。田舎娘になって、初々しく顔を赤めてお茶を召し上れか、車井戸のつるべを上げたり下げたりしていると、私も娘のように心がはずんで来る。ああ情熱の毛虫、私は一人の男の血をいたち[#「いたち」に傍点]のように吸いつくしてみたいような気がする。男の肌は寒くなると蒲団のように恋しくなるものだ。
 東京へ行きましょう。夕方の散歩に、いつの間にか足が向くのは駅への道だ。駅の時間表を見ていると涙がにじんで来て仕方がない。

(十二月×日)
 赤靴のひも[#「ひも」に傍点]をといてその男が座敷へ上って来ると、妙に胃が悪くなりそうで、私は真正面から眉をひそめてしまった。
「あんたい
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