「寒いけれど、いいわね海は……」
「いいとも、こんなに男らしい海を見ていると、裸になって飛びこんでみたいわね。まるで青い色がとけてるようじゃないの。」
「ほんと! おっかないわ……」
 ネクタイをひらひらさせた二人の西洋人が雁木《がんぎ》に腰をかけて波の荒い景色にみいっていた。
「ホテルってあすこよ!」
 目のはやい君ちゃんがみつけたのは、白い家鴨《あひる》の小屋のような小さな酒場だった。二階の歪んだ窓には汚点《しみ》だらけな毛布が太陽にてらされている。
「かえりましょうよ!」
「ホテルってこんなの……」
 朱色の着物を着た可愛らしい女が、ホテルのポーチで黒い犬をあやして一人でキャッキャッと笑っていた。
「がっかりした……」
 二人共又押し沈黙って向うの寒い茫漠とした海を見ている。烏になりたい。小さいカバンでもさげて旅をするといいだろうと思う。君ちゃんの日本風なひさし髪が風に吹かれていて、雪の降る日の柳のようにいじらしく見えた。

(十二月×日)
[#ここから2字下げ]
風が鳴る白い空だ!
冬のステキに冷たい海だ
狂人だってキリキリ舞いをして
目のさめそうな大海原だ
四国まで一本筋の航
前へ 次へ
全531ページ中122ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング