ゃんが、
「世の中が泥棒ばかりだったら痛快だわ……」と云っている。由ちゃんは十九で、サガレンで生れたのだと白い肌が自慢だった。八重ちゃんが肌を抜いでいる栗色の皮膚に、窓ガラスの青い雨の影が、細かく写っている。
「人間ってつまらないわね。」
「でも、木の方がよっぽどつまらないわ。」
「火事が来たって、大水が来たって、木だったら逃げられないわよ……」
「馬鹿ね!」
「ふふふふ誰だって馬鹿じゃないの――」
 女達のおしゃべりは夏の青空のように朗かである。ああ私も鳥か何かに生れて来るとよかった。電気をつけて、みんなで阿弥陀《あみだ》を引いた。私は四銭。女達はアスパラガスのように、ドロドロと白粉《おしろい》をつけかけたまま皆だらしなく寝そべって蜜豆《みつまめ》を食べている。雨がカラリと晴れて、窓から涼しい風が吹きこんでくる。
「ゆみちゃん、あんたいい人があるんじゃない? 私そう睨《にら》んだわ。」
「あったんだけれど遠くへ行っちゃったのよ。」
「素敵ね!」
「あら、なぜ?」
「私は別れたくっても、別れてくんないんですもの。」
 八重ちゃんは空になったスプーンを嘗《な》めながら、今の男と別れたいわと云っている。どんな男のひとと一緒になってみても同じ事だろうと私が云うと、
「そんな筈ないわ、石鹸《せっけん》だって、十銭のと五十銭のじゃ随分品が違ってよ。」と云うなり。
 夜。酒を呑む。酒に溺《おぼ》れる。もらいは二円四十銭、アリガタヤ、カタジケナヤ。

(七月×日)
 心が留守になっているとつまずきが多いものだ。激しい雨の中を、私の自動車は八王子街道を走っている。
 もっと早く!
 もっと早く!
 たまに自動車に乗るといい気持ちなり。雨の町に燈火がつきそめている。
「どこへ行く?」
「どこだっていいわ、ガソリンが切れるまで走ってよ。」
 運転台の松さんの頭が少し禿げかけている。若禿げかしら。――午後からの公休日を所在なく消していると、自分で車を持っている運転手の松さんが、自動車に乗せてやろうと云ってくれる。田無《たなし》と云う処まで来ると、赤土へ自動車がこね上ってしまって、雨の降る櫟《くぬぎ》林の小道に、自動車はピタリと止ってしまった。遠くの、眉程の山裾に、灯がついているきりで、ざんざ降りの雨にまじって、地鳴りのように雷鳴がして稲妻が光りだした。雷が鳴るとせいせいしていい気持ちだけ
前へ 次へ
全266ページ中45ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング